第15章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜恋心〜②
刺繍を止めて、兎に被さっていた布巾を片付けると、視界が開けた兎は、鼻をヒクヒクさせながら周囲を見回した。
「……!」
椿と謙信にしか触れさせなかった兎が、美蘭に抱かれているのに気付いた椿は、
他人に入られたくない場所を土足で踏み躙られたような気分になり、カッとなった。
そんな事情はわからぬが、椿に気付いた兎は、
ダダッ!と椿目掛けて突進するように走って行った。
「ふふふ。ほんとに椿さんが大好きなんだね♡」
椿が、美蘭の呟きを聞きながら足元に縋り付いてきた兎を抱き上げると、
ふわり…と、
兎から謙信がいつも漂わせている香りがした。
「………。」
兎は今の今まで美蘭に抱かれていたのだから、間違いなく美蘭の香りであろう。
全く別の場所で全く別のことをしていた2人から香る同じ香りは、
2人の、
謙信と美蘭の親密さを表しているに他ならない。
そう考えざるをえない状況に椿の感情は沸々と煮えたぎり
ギリ…と奥歯を噛み締めると、
「許嫁に繰り返し不愉快な思いをさせて、気づいておらぬのか?」
凛とした瞳で美蘭を睨みつけた。
「…っ…。」
美蘭は、織田の離れから帰った後に聞いた、織田の武将たちへの謙信の胸の内と、それに伴ったおしおきを思い出し、赤面し、まごついた。
そんな心の中を知らぬ織田の武将たちは、美蘭が、単純に椿の言葉に傷つけられたと勘違いした。
「おまえ、そのなりからして剣客だろ?そんな視野の狭さで刀ふるってたら早死にするゼ?」
気の短い政宗が、椿に向かって一睨みすると、
「なんだと?」
その鋭い視線に、椿も睨み返した。
「おまえの行動が、美蘭にどんな想いさせてるか考えてみろって言ってんだ。」
先日、この同じ場所で、椿のことで揶揄った美蘭に涙された政宗は、その涙の元凶であろう椿に睨みを利かせると、
「わたしの行動だと?」
気持ちを逆なでされた椿は、怒りをあらわにし、
「「 政宗! 」」
秀吉と美蘭が政宗をおさめようと声を上げた。
「……椿。」
そこへ、
落ち着き払った謙信の声。
「其奴等は、美蘭の家族のようなものだ。無用な心配をするな。」