第14章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜 恋心 〜 ①
「すまないが俺は今から所用がある。…楽しんでいってくれ。」
しなだれ掛かっている女に優しくそう言って立ち上がった秀吉。
残念がる女が何か言っているが、秀吉にはどうでも良かった。
広間を抜け出し、部屋に戻ろうと夜風に吹かれながら廊下を歩いて行くと
中庭が美しい廊下で、政宗が独りで酒を飲んでいた。
「女と消えたんじゃなかったのか?」
秀吉が聞くと
「まあ…それなりに楽しんだゼ。」
そう答えながら酒を飲む政宗。
良かったな、と苦笑しながらその場を通り過ぎようとした秀吉の背中に、政宗の呟きが刺さった。
「あいつがいない宴が、こんなにつまんねェとはな。」
「……っ!」
ドクリと胸が鳴り
モヤモヤした気分の理由を言い当てられたような気がした秀吉は、足を止めた。
「…そういえば美蘭がいなくなって初めての宴だったな。」
飲めよ…と、杯を差し出された秀吉は、
政宗の隣に座り、杯を受け取った。
「この俺に口付けされて『好きな人にしかしちゃダメ!』とか言って怒るなんて…あいつくらいで面白かったんだけどなァ。」
懐かしそうに目を細め、カラカラと笑いなが政宗がした告白に
「おまえ…!そんなことをしていたのか?!」
秀吉は目を吊り上げた。
「他にもいろいろしたぜ?」
ニヤリと笑い悪びれずに言う政宗に
「…っな…っ!!!」
自分の知らぬ間に美蘭はいったいどんな目にあっていたのかと想像して、恐ろしくなった秀吉は言葉を失った。
だが次の瞬間、
真顔になった政宗。
「だけどあいつ…上杉のせいで変わっちまったな。」
「…?」
「女の表情(かお)になりやがった。」
「…!!!」
2人は、
暫し、黙って酒を飲んだ。
「まだ俺は上杉を認めた訳じゃネェ。」
眼光鋭く、
そう呟いた政宗。
「……当たり前だ。」
秀吉も眉間に皺を寄せ、
低音で呟きかえした。
2人はその後も、静かに酒を飲み交わした。