第14章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜 恋心 〜 ①
宴の翌朝。
織田の離れは、信長が鷹狩りに出掛けるため、朝餉の時刻も早く、早朝から賑やかであった。
通常なら、信長について行くのは秀吉なのであるが、今日は二日酔いだというので、光秀がついて行った。
政宗も家康も三成も、
みんな出掛けてしまった。
離れに独り残った秀吉は、褥でただ横になっていた。
「………。」
これまで、特に用事が無いのに多少体調が優れなかった程度の理由で信長の付き添いをしなかった経験のない秀吉が、
永世中立の地であり、強靭な吹田軍の傘下であり、安全が確保されている状況だとはいえ、初めて、自ら付き添いを放棄した。
本当は、酒がそこまで残っているわけではない。
だが、それなのに、
身体が鉛のように重いのだった。
書物でも読もうか?と思ったその時
「ただいま戻りました。」
三成が離れに戻ってきた。
「早かったな?」
秀吉は、鉛のような身体を、無理矢理持ち上げた。
「今、吹田軍の鍛錬場に行きましたら謙信殿がまたおられました。謙信殿と別行動されているなら…美蘭様を訪ねるいい機会だと思いまして。秀吉様もご一緒にいかがですか?」
「…!」
美蘭が攫われて以来、ゆっくり美蘭と話す機会がなかった秀吉を気遣って、わざわざ離れに声をかけに戻って来てくれた三成の律儀さに感謝をしつつも
信長の鷹狩りに付き添わなかった自分が、好きに出歩いて良いものか…と、秀吉は頭を悩ませた。
すると三成が笑顔で言った。
「信長様も、光秀様も、秀吉様がお元気になられて…後で美蘭様のお話が聞けたら、きっと喜ばれますよ。」
「…っ!」
秀吉は、
石田三成…この男は、自分の部下でありながら、本当に正体の掴めぬ男だと思った。
無頓着で、周りが見えていないことが多いかと思えば、
戦略を立てさせれば右に出る者はいないほどの働きをする。
(上杉が絡んでいるから、美蘭に関わることは戦略的に考えられるのか???)
ともあれ、
三成の一言のおかげで気分が晴れた秀吉は、
「よし、行ってみるか。」
重い腰を上げ、
身支度を始めた。