第14章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜 恋心 〜 ①
織田の離れでは、宴が催されていた。
信長をはじめ、名だたる武将がこの湯治場にやってきているという噂は、瞬く間に領土内に広がり、
湯治場に滞在している大名たちは、我先にと挨拶と称し面会を申し込んできた。
それぞれに個別に対応などしていたら、湯治どころではなくなると考えた信長は、
面会を申し込んできた全ての大名たちに、一夜だけ宴を設けるから、挨拶や話があるならその場へ来い…と返答した。
そんな事情により催された宴故、
大名や、武将たちに目をかけて欲しい大名の娘、歌や芸を披露する女たち…様々な人間や欲が集まった宴になっていた。
上座、艶のある女たちに取り巻かれながら大名たちの相手をしている信長のすぐ側に、こちらも艶のある女たちに取り巻かれている秀吉、家康、三成が座していた。
「そういえば…政宗様のお姿が見えませんね?」
三成が煮物の欠片を口の端につけたまま呟いた。
「彼奴は欲望の赴くまま…そこで三味線を奏でていた女と消えて行ったぞ。」
信長の言葉に、「相変わらず豪快なお方でございますな。」と、大名たちが笑う。
「光秀さんもいないね。」
こんな宴が嫌いで仕方ない家康は、気怠げに周囲を見渡して、光秀がいないことに気付いた。
「夜の諜報活動にお出かけだそうです。」
口の端を隣の女に上品に拭われながら三成がそう言うと、
その場はどっと沸き立った。
「秀吉様?今宵は存分に時がお有りなのでしょう?」
ただ1人、つまらなそうに酒を飲んでいた秀吉の膝に、隣に座していた女が細い指を這わせた。
「………。」
その女は、かつて秀吉が戯れに一夜を過ごしたことのある女だった。
戦もない中立の地での夜。
いい女にここまで言われてその気にならぬ男がいるだろうか?
…自分でもそう思うのに、
重い腰が動かない秀吉。
それは、家康も三成も同じであった。
少し前まで安土では、
宴といえば、
ほのかに酔った可愛らしい美蘭のおしゃべりや笑顔を囲んで行われるものになっていた。
だがそんなひと時が、信玄に美蘭が攫われたと共に奪われた。
今宵のような色と欲渦巻く宴こそが、戦国の象徴なのであろうが、
織田の武将たちにすれば、
美蘭の不在を思い知らされただけだった。