第11章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 後編〜
「美蘭がいないだと?!」
椿を吹田家に送り届け、吹田夫妻に椿の心情を説明してやって…謙信が離れに戻れた頃にはすっかり夜の帳が下りていた。
謙信は、既に美蘭は信玄たちと夕餉を済ませているだろうと思いながら離れに戻ってみると、
自分の我儘で長時間美蘭を1人にさせてしまったと責任を感じている信玄が、蒼白な顔で美蘭が行方不明だと言ってきたのだ。
「今…幸と佐助が探しに出ている。」
謙信は直ぐに踵を返して、離れを飛び出した。
信玄の我儘を伝達に行かせた使いによれば、夕刻前にはこの離れにいたのだ。
使いとの雑談から考えると、偶然にも自分たちが訪れた温泉の話をしていたようだから、もしかするとそこにいるかも知れない。
(温泉では鉢合わせしなかった。俺も信玄たちも帰った後に訪れているやも知れん。)
明晰な頭脳と分析で予測を導いた謙信は、
あの温泉へと、夜道を駆け抜けた。
「謙信様!」
道半ばで、温泉の方から駆けて来た幸村と佐助に出会った。
「美蘭は…っ…?!」
「温泉の番頭の話では、美蘭さんはあの温泉に行っていて…湯の中で倒れたようなんです。」
「…!なんだと?!…それで?!」
「一緒に入っていた安土の方々に救出され、安土の離れに運ばれたそうです。」
「…!!!」
「とにかく、安土の離れに行ってみようぜ。」
「謙信様も。」
何か思いつめたような謙信は、2人の声が聞こえているのか、いないのか…無言で踵を返して、安土の離れに向かい走り出した。
「ちょ…!返事くれぇしろっての!」
「幸村は、離れの信玄様にこの状況を伝えに行ってあげてくれ。自分の我儘のせいだと気に病まれていたから。俺は、謙信様を1人にさせられないから、一緒に行ってくる。」
「…仕方ねー。伝えに行ってやるか。悪りぃが、頼む。佐助。」
「任せてくれ。」
幸村と佐助は、
それぜれの方向に向かって、それぞれ走り出した。