第9章 恋知りの謳【謙信】湯治編 〜月夜の宴〜
「…1本!」
竹刀の音に合わせて、
謙信の余裕の声が鍛錬場に響いた。
「…ああ〜ッ!また負けた!!!」
夜の帳が下り、空には月が浮かんでいた。
鍛錬場に残っているのは、謙信と椿のみ。
「だが腕を格段に上げたな。褒めてやる。」
帰り支度を始める謙信の背中に、
椿は叫んだ。
「謙信から1本取るまで帰らない!」
「それは夜が明けても無理だ。お前はまだ俺から1本など取れぬ。」
竹刀を片付け、
鶴姫を脇に挿していると
「…っ。」
「じゃあ…ずっと一緒にいればいいだろ…。そしたら…そしたらずっと、毎日、稽古できる。」
椿は、
謙信の背中に抱きついた。
椿の手は、
震えていた。
「それこそ無理だ。俺は常に美蘭と一緒にいるからな。」
謙信は、あえて何も気付かぬ振りをして、椿から離れた。
じゃあな…と、去ろうとすると
「あの女の人を…正室にすると決めたのか!」
椿が、弱々しく叫んだ。
「…ああ。」
振り返った謙信が浮かべた穏やかな笑みに
「…っ!!!」
椿は、胸がぎゅっと締め付けられた。
(何だ…あの腑抜けた顔は…!)
あの女の人…美蘭のことを話しただけで、あんな顔になるなんて、と。
見たことのない、穏やかな笑みを浮かべた謙信に胸がざわつきながら、
謙信にあんな顔をさせる美蘭が羨ましいと思い、
椿は、胸が苦しくなったのだった。
「おお〜〜い!美蘭!」
離れでは、襖を開け放ち、月を見ながら宴が続いていた。
帰りの遅い謙信が心配で、
だがその理由がヤキモチなどという自分が恥ずかしくて、酒を飲み過ぎた美蘭は、睡魔に襲われ、時折座ったまま船を漕ぎ始めた。
「ちゃんと褥で眠ったほうがいいぞ?連れてってやろうか?」
こんな、無防備で可愛らしい酔っ払いはいるだろうか。
また新たな美蘭の可愛らしさを見せつけられた信玄は、今だけ、と、優しく頭を撫でて柔らかい髪の感触を楽しんでいた。
「いーやーでーす!謙信様の抱っこじゃなくちゃ…イヤ…。」
「「「 ………! 」」」
((( 可愛すぎるwww )))
酔っ払いたちは、更に顔を紅潮させられていた。