第9章 恋知りの謳【謙信】湯治編 〜月夜の宴〜
信玄は、注がれた酒を一気に飲み干した。
「天女は何を飲む?」
信玄が問うと
「わたしは梅酒をいただきました。」
美蘭は、美しい硝子の瓶に入った梅酒を指差した。
「注がせていただこう。」
信玄が瓶を持ち上げると
「…ありがとうございます。」
美蘭は笑顔でお猪口を差し出した。
美蘭は、酒に酔いたい気分だった。
謙信と佐助が向かった鍛錬場には、
吹田の娘もいるのではないか。
…そう思うと気が気ではなかったのだ。
謙信を疑っている訳ではない。
あの娘の…
椿の自分に向けられた敵意のような視線が忘れられない。
(……きっとあの娘は、謙信様が好きだ。)
喉に流し込んだ梅酒が、身体を火照らせた。
その時
聞こえた足音に、
「……!」
(謙信様?!)
美蘭の心は浮きたった。
シュッ。
「只今帰りました。」
だが、
帰ってきたのは佐助1人。
「謙信様はもう少しかかるそうで。先に始めていろ…と。でも。もう始まってましたね。」
美蘭の胸は、騒ついた。
「そ…っか。」
(夕餉には帰るって言ったのに…。)
そう思うと、美蘭の顔は暗く沈んだ。
椿だけではない。
久しぶりに会った旧友やゆかりの人々ばかりなのだろう。
自分だって久々に昔馴染みに会えば、時間を忘れて話をしたくもなると思うから、
謙信にも、そうした時間を楽しんでもらいたいと思う。
…だが
10歳程度の女の子とも婚儀を上げることがあるこの戦国の世において、16歳の女の子は、十分に女性として認識される存在である上、
(男勝りだけど可愛い顔立ちだった。)
椿の可愛い容姿が、美蘭を不安にさせていた。
「…美蘭さん?」
心配そうな佐助の声に、
「…っあ!ボーッとしちゃった。…ごめんね?」
現実に引き戻された。
「さ、じゃあ…こちらはこちらで楽しもう!幸村、ついで!」
美蘭は、自分も、
せっかくの、この時間を楽しもうと思った。
「…ほらよ。」
幸村が注いだ梅酒をぐいっと一気に飲んだ美蘭。
「美味しい♡もっとちょうだい?」
思考を鈍らせてしまいたくて、
また次の梅酒を強請った。