第8章 恋知りの謳【謙信】湯治編 〜湯治場へ〜
吹田と挨拶を済ませ広い敷地内をまた馬でしばらく進み、宿となる離れの建物に到着した。
ここの宿は、宿泊する施設はすべてが塀で囲まれた屋敷のような離れになっており、それぞれに庭や温泉がついているらしかった。
「疲れたか?」
部屋に入るとすぐに、
謙信は表情が優れない美蘭を気遣う。
「…いえ。大丈夫です。謙信様こそ…。」
先ほどの女の子が気になり気が滅入っていた美蘭が、そう気遣い返すと
「側へ寄れ。」
その場に座り胡座をかいた謙信が、
両手を広げて美蘭を呼んだ。
言われるがまま近くに寄ると、片方の足に腰掛けるように引き寄せられた。
美蘭の顔を謙信が見上げるようなかたちになり、腰をギュッと抱き締められる。
抱き締められた美蘭は、少し見下ろすような位置から、謙信の満たされた表情に気がついた。
「随分とご機嫌ですね?」
「ああ。気分が良い。」
謙信は、美蘭の髪を耳に掛けながら続けた。
「お前を閉じ込めているほうが安心だと思ったこともあったが…近頃はお前を連れ歩くのが心地よい。」
「…どうしてですか?」
「どうして…か。考えたことはなかったが…親しくしている者にお前を俺のモノだと披露して、祝福されるが心地良いのだ。」
「…!」
美蘭は、謙信も、逆の立場からではあるが、自分と同じことに幸せを感じてくれているのだと知り、
嬉しさのあまり、ふわりと笑みをこぼした。
「…!それだけが心配なのだ。」
すると頬を赤らめた謙信が言った。
「披露はしたいが…その愛らしい笑顔で男を魅了するでないぞ。」
必死な謙信を見ていたら、
先ほどの昔馴染みの女の子へのつまらないヤキモチが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「…ふふ。」
「何がおかしい。」
余裕の笑みを浮かべた美蘭に眉間を寄せた謙信。
あまりの愛しさに
「…チュ…。」
美蘭は思わず、
自分から謙信の唇に触れるように口付けた。
「大好きです、謙信様。」
「…っ!」
色違いの瞳が、揺れた。
「…俺は、愛している。」
謙信はそう言うと美蘭の髪に手を差し込んで顔を引き寄せ
「…っ私だって…ん…っ、チュ…」
可愛らしい唇を、自身の唇で甘く捕らえた。