第4章 恋知りの謳【謙信】
「おまえの為だと…俺は周りの者を不幸にするのだからこれ以上近付くべきではないと…離れようとしたのだが。」
謙信は、
存在を確かめるかのように、美蘭の頬を撫でた。
「だが実は…この俺がおまえを失うことを恐れていただけであった。」
色違いの瞳は不安気に、揺れていた。
伊勢姫を失った悲しみは、
自分のせいで誰かを不幸にした悲しみは、
謙信の心の奥底にどす黒い影を落とし続けてきたのだろう。
「愛する者を弔う事を恐れていたはずが…おまえを手放すと決めた時俺の心は荼毘に付した。」
だが、
寄せつけぬ事で悲しみを遠ざけてきた謙信が、
美蘭を受け入れたのは紛れもない真実。
「おまえの心がおれの所為で悲しみに支配されていると気づき…また止められぬ衝動に支配された。」
軍神…神とまで言わしめた男が
ただの1人の男の姿を露呈したのだ。
「愛している。おまえなしの世など考えられぬ。おまえが死なずとも…おまえなしでは死ぬのと同じだ。」
「…っ…謙信様…っ。」
愛を囁きながら不安に揺れる愛する男の瞳に、
謙信が、
これまでどれくらい辛い想いを抱えながら生きてしたのかが映し出されているようで、
ヒリヒリとした痛みが伝わってくるような気がして、
美蘭の頬を一筋の涙が伝い落ちた。
「おまえのこれより先の全て…この俺に預からせてもらえぬか。」
触れたらすぐに割れる薄氷のような脆さと、
壊れる前に壊そうとする鋭い刃のような危うさ。
…その双方を併せ持つ謙信を、
美蘭は、1人にはできないと思った。
「たった今から未来永劫…わたしの全てを…謙信様に差し上げます。」
美蘭は、震える声でそう言うと
「……!」
謙信の瞳が揺れた。
「でも約束して下さい。」
美蘭は謙信を強い視線で捉え、凛として続けた。
「二度とわたしを手放さないと。二度と独りで苦しまないと。」
一瞬眉間に皺を寄せた謙信。
それは、
涙を堪えているかのようだった。
「…約束…する…!」
謙信は、
美蘭を強く抱き締めた。
腕に収められた美蘭には見えなかったが、
その肩は、
まるで
震えているようだった。