第4章 恋知りの謳【謙信】
黄昏時。
春日山に戻ってきた美蘭。
…もう2度と戻ることもないだろうと覚悟して去ったこの場所に。
普通、馬で帰城した場合、門をくぐってすぐの所で馬から降りるのであるが、謙信の白馬と佐助の馬は門をくぐっても速度を落とすことなく、謙信と美蘭が初めて出会った渡り廊下の前の中庭まで全速力で走って来た。
城の中は何事かと、騒めき出した。
中庭は、
出会った日に舞い散っていた桜の花は全て散り、緑の新芽が芽吹き始めていた。
謙信は、ひらりと白馬から飛び降りると、
美蘭に手を伸ばし、横抱きに抱き下ろす。
「佐助。俺が良いというまで、俺の部屋周辺を人払いしておけ。」
「…っ!……はっ。」
謙信は美蘭を横抱きにしたまま、早足で自分の部屋へ向かう。
「謙信様、わたし歩けます。」
美蘭は、申し訳なく思いそう申し出たが
「良い。これが一番速い。」
視線も合わせてくれず、余裕の無さそうな謙信の様子に、このまま従って甘えていた方が良さそうだと悟り、そのまま身を任せた。
謙信の部屋に着くと、
謙信は美蘭を横抱きにしたまま閨に直行した。
そして美蘭を、
褥の上に、優しく、ゆっくりと下ろした。
美蘭は身体中が心臓になってしまったように、速まる自分の鼓動の音に支配された。
まだ明るさが残るこんな時間に謙信の部屋を訪れたのは、これが初めて。
やって来たときはいつも真夜中で、お互いの存在を認識するのが精一杯であった。
部屋の調度品までよく見渡せ、まるで違う部屋のようにも感じた。
目の前には愛しい人。
本当なら直ぐにでも抱きつきたい気持ちだが、
謙信に突然拒絶された絶望と悲しみの記憶が蘇り、
「…っ…。」
手を伸ばすのを躊躇われた。
「おまえにそんな顔をさせているのは、この俺なのだな。」
躊躇う美蘭に代わり謙信が手を伸ばし、
美蘭の頬に指先で触れた。
「おまえへの衝動が止められず、このまま深みに嵌っていくのかと…。そんなおまえを失ってしまうことがあったら、この俺はどうなってしまうのかと。人質であるおまえとの、明るい行く先を考えることが出来なくなってしまったのだ。」
「謙信様…。」