第4章 恋知りの謳【謙信】
「よく耐えましたね。謙信様。」
「……。」
目の前で繰り広げられた、謙信にとって耐えがたい光景。
周囲からは無表情に見える謙信であったが、
上司を良く知る佐助から見れば、能面のように表情を失ったその内側に怒りが膨れ上がっていることは容易に見抜けた。
いつもなら瞬時に抜かれ振り回される鶴姫にかかる謙信の手は、佐助によって強く固定されていたのだ。
無論、本気の謙信なら、そんな佐助の手など振り払うのは容易いのであるが。
信長流の別れの挨拶だと思い、
何よりも美蘭が後悔を残さぬために、
おとなしく封じられていたのだった。
(ふん。面白くないが…美蘭の悲しむ顔は見たくない。)
上司の思いを汲み取った忍びは、
目にも留まらぬ速さで信長の馬まで移動すると、
あっという間に、信長の前に抱かれていた美蘭を、自分の腕に引き取った。
「…ええっ??!佐助…くん…っ??!」
信長の馬に乗せられていたはずが、いつの間にか佐助の腕の中に横抱きにされている自分に気付いた美蘭は、慌てて周囲を見回した。
「それでは…お預りいたします。」
真っ直ぐな視線を信長に向けた佐助。
「大切に扱えよ。忍び。」
「佐助と申します。」
「…知っておるわ。」
「…っ!大切にすると…お約束します!」
憧れの信長に自分が認知されていたことに浮かれた佐助は、軽やかな足取りで、美蘭を謙信のもとへ連れて行った。
「佐助くん…ありがとう…。」
「こちらこそ!ありがとう、美蘭さん!」
「……?」
信長とのやりとりを思い出して恍惚としている佐助を不思議そうに見つめていた、佐助に横抱きにされた美蘭を、
謙信は横から自分の白馬に引き上げた。
「…きゃっ…!」
今度は謙信の前に横抱きにされた、美蘭。
鼻先に、
懐かしい愛しい人の香り。
身体が触れた部分に、
伝わる愛しい人の体温。
目の前に、
色違いの切れ長の瞳。
「…謙信…様…っ。」
美蘭が震える声でそう言うと、
「…美蘭…」
謙信の腕に、
強く、
強く、
抱き締められた。