第4章 恋知りの謳【謙信】
「う…そ…っ…」
美蘭の瞳にじわじわと涙が溜まり始めた。
それは、
通じ合うことを諦めかけていた愛する人から、
愛の言葉をもらえたという事実への驚き。
謙信はこんなことを、冗談や策で口にできる男ではない。
これは信じ難くても現実なのだ。
「偶然に導かれるのではなく、己の意思でお前との時を始めるために来た。」
「…っ!」
それは、
伊勢姫との出会いに似過ぎていた美蘭との出会いを浄化し、美蘭との未来を無から共に始めるために迎えに来たということ。
「好き勝手言いやがって!」
「美蘭様はお渡ししません!」
「…当たり前。」
政宗、三成、家康は、謙信の美蘭への好意を理解し、美蘭を渡すまいと構える刀を握る手に力がこもり、それぞれの手元がチャキ…と音を立てた。
だが信長は、静かに事を見据えていた。
「ここではっきりさせる。」
謙信は、
信長をはじめ、織田の武将たちに一瞥して言った。
「美蘭。」
名前を呼ばれただけで、胸に熱い何かが迸る。
「お前は…誰の物だ?」
謙信の美蘭を見つめる瞳は、優しく暖かかった。
「美蘭は織田軍のものだ!」
「賛否両論あるけど…信長様は自分のものって言ってる。」
やっと連れ帰れると思った美蘭を、また別の所へ連れ去られるなど冗談ではないと、政宗と家康は一言一言にいちいち口で応戦したが、虚しくも蚊帳の外。
「お前の心と身体は…誰の物だ?」
謙信の色違いの瞳に囚われたら
隠し事など叶わない。
(そんなの…決まってる…)
「わたしは…謙信様の…物です…!」
美蘭の頬を、
大粒の涙がとめどなく流れ落ちて行く。
(今までも…これからもずっと…ずっと…)
「…美蘭!」
「あんた…っ…」
「美蘭様!」
政宗、家康、三成の信じられないという想いのこもった声を心に受け止めながら
美蘭は、
自分を後ろから抱き締めるように支えてくれている信長を見上げた。
「ごめんなさい、信長様。わたしは…謙信様を愛しています。」
「…美蘭…。」
信長の瞳が、一瞬、切なげに揺れた。