第4章 恋知りの謳【謙信】
「だが…それがどうした?」
腕の中で申し訳なさそうにする美蘭の姿に満足した信長は、謙信に向き直り、威厳を放ちながら言った。
「此奴がどの時代から来ようが、織田に身を寄せ、この俺が織田家ゆかりの姫であると認めたのだ。これは織田の物だ。」
信長の挑むような視線に、
謙信も睨み返す。
「500年先の世では、落とした物は1度何処ぞに引き取られようが…持ち主が分かれば、きちんと持ち主に返されるそうだ。…そうであろう?美蘭。」
「…へ??!」
ずっと、存在すら無視されてきた謙信に、突然話を振られた美蘭は、取り乱した。
自分の想いが届かないのは仕方がない。
だが、
ここまで無視していた謙信が、今こうして普通に話しかけてきたことに、
美蘭は、悲しいような腹が立つような…複雑な思いが込み上げ、泣きそうになるのを耐え、震える声で言った。
「それよりどうしてわたしを…今度は上杉の人質ですか?」
そして謙信を切なく睨みつけた。
「弔うなら初めから誰とも近づくまいと思い生きて来たというのに…お前に出会ってしまった。」
美蘭を色違いの瞳が、捕らえた。
「ちょっとあんた何の話を…っ」
全く意味がわからない織田の武将たちを代表するように、家康がこぼした言葉は、軽く聞き流された。
「人質という立場のお前に深入りしてもまた不幸にするだけかも知れぬ…と、」
謙信は、
「ならばもう近づくまいと思い試みたのだが…」
白い愛馬で美蘭のいる織田軍に向かい歩みを進めた。
近づいてくる謙信に
(伊勢姫さんとの過去を繰り返したくなくて、わたしを遠ざけようとしていたってことなの?)
美蘭の心臓はは呼吸が止まりそうなほど早鐘を鳴らした。
(それって…)
謙信の背中の地平線に、夕陽が沈み始めた。
「いつのまにか俺は…」
家康、政宗、三成が刃を向けながら、信長と美蘭の乗る馬の前に壁のように立ちふさがる。
「お前なしでは呼吸もできないほどにお前を欲していた。」
向けられた刃のギリギリまでやって来ると、馬を止めた。
少し陰った謙信の顔に、武将たちの刀に反射した光がさらに反射して、色違いの美しい瞳が輝いた。
「…愛している。」
「…!!!」