第1章 待ったなし。
高校二年生のバレンタイン。
私は当時好きだった先輩に家まで送ってもらっていた。こんな幸せなことなんてあるのだろうか、と思うくらいとても心が満たされ、本命のチョコレートを渡そうとしたその時、あいつが現れた。
『あれ?ゆり姉ちゃん?』
チョコレートの入ったカバンを咄嗟に両手で抱き抱え、声のした方を振り向いた。すると、あいつは、『やっぱりゆり姉ちゃんだー!』と駆け寄り、いつものように抱き着いてきた。いい所だったのに、と思ったけど、まだ小学生なのだから仕方がないと、私は思った。あのくそガキの策略だったとは知らずに。
『笠井って弟いたっけ?』
『いないです。この子は私の近所の子で、よく遊ぶんです』
チョコレートを渡すのは諦め、また明日にしようと決め、私は先輩と別れて来斗と帰った。
そして次の日。
先輩は学校に来なかった。
先生がこそこそと話しているのを盗み聞きすると、先輩が入院している、というのだ。近くに病院だなんて一つしかない。私は放課後、その病院まで走り、先輩の病室に向かった。扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえてきた。盗み聞くつもりはなかったのだけど、結果的にそのような形になってしまった。そして、知りたくもなかった事実を知ってしまった。
『いい?誰にも言うなよ?特にゆりにだけは絶対。大体、あんたが悪いんだからさー。……返事は?』
この声を私はよく知っている、と思った。
『……』
『ねえ、返事は?』
『ひぃっ……!は、はいっ!』
どうして?
意味が分からない。
ここから先の行動はほとんど覚えていない。
でも、これだけは覚えている。
私が今まで可愛がってきたあの子は本当はいなくて、ただの最低野郎だったってこと。人を簡単に傷つけちゃうような子だったってこと。
傷だらけの先輩を見た瞬間、全てを察した私はあいつに叫んだ。大人気ないとは思う。でも、それだけショックだったんだ。裏切られたんだ。あいつが……来斗が先輩に暴力を振るったことが。
『大嫌い!あんたなんて大嫌い!もう二度と近づくな!』
これを機に、私の前で来斗は素を見せるようになった。それは本当にもう残酷な程にくそだった。