第8章 08
数度荒く呼吸を繰り返して、目の前にいる苗字さんを見る為に顔を上げた。
苦しさに上下する胸が落ち着いてからにしようと思って、やめた。
乗車券を買ったとはいえ、次の駅で降りないとこのままついていってしまいそうだった。
そういう訳にもいかないし、今日中に帰らないといけない。
次の駅までが俺に与えられた時間だった。
顔を上げた先には、信じられないと言ったように見開かれた目が瞬きもせずに俺を見てた。
俺も苗字さんも声を発する事はなかった。
これがラストチャンスだと分かっているのに、なかなか言葉が出てこない。
沈黙が続いて車内は静かなまま、しばらくお互いを見つめ合った。
無言の空気を遮ったのは車内アナウンスだった。
次の停車駅の案内が流れてはっとした。
時間がない。
言葉を詰まらせている場合ではないと、決意を新たにぐっと拳を握った。
「黄瀬くん?」
「ねぇ、苗字さん」
話しかけたのはほぼ同時。
久しぶりに聞く苗字さんの声に正直な俺の心臓が騒ぎ出すが、今は声を聞いて浮かれている場合ではない。