【おそ松さん】歪んでいるというには、あまりにも深く
第1章 ただ好きなだけです
「愛していたの?」
ポツリと彼から言葉が零れた。
ひどく静かな声なのに、安っぽい音楽が書き消せないほど凛とした声だった。
「そんなになるまで」
流れる涙を拭う手は、冷たく。長く白い指先からかすかに香る煙草の香りが何故か悲しくなった。
「愛して...いたわ」
馬鹿だ、と言いたければ言えばいい。
たったLINEの四文字で別れを切り出す男などに、心を捧げていた事を馬鹿だと罵ればいい。
そしたらこの怒りを悲しみを悔しさを、この男にぶつける事ができる。
「...そう」
それなのに彼は私にそう呟くだけで、残酷な言葉の一つすら漏らすことも無く。何故か本当に何故かとても悲しい顔をして、じっと私を見つめる。
「どうして、なんでよ?なんで?なんで馬鹿って言わないの!?ねぇ!?抱いてもくれない、私を責めてもくれない!貴方は貴方は何のためにここにいるのよ!」
馬鹿で、ヒステリックな言葉を叫べば視界が歪んで水の中のような錯覚を起こす。
水底から見える景色は、全てが歪んでいてちょっとした波紋にも反応する。私の心はこの水底と同じように、少しの事で心が揺れに揺れる。
悲しみの波紋に歪められないように、水面を激しく叩いて波紋を誤魔化していく。
「哀しいね、あやちゃん」
剥がれた化粧が全て洗い流されて、透明になった零れる水をすくいとる。ぺろりと口に含んでふっと笑う目の前の男は残酷な笑顔を浮かべる。
ぐうっと伸びをして、私から離れていく男の手を私は力なく掴んだ。その行動に怪訝な顔をしながらも、すとんとベットに腰を下ろす。
「痛いよ、あやちゃん」
哀しいだとか辛いだとか、そんな負の感情に飲まれて、私は目の前の男に縋った。とても残酷な笑みを浮かべる男でも1人よりもずっとずっとマシだ。
それが人間ってものでしょう?
独りでいるには辛すぎるのなら、悪魔の手でもとらなければ、この夜を越せないのだから。