【おそ松さん】歪んでいるというには、あまりにも深く
第1章 ただ好きなだけです
「行かないで」
ぽつりと言葉を零す。
ぽつりと言っても、それはわざとでこの男を引き止めるための嘘、そして本音。
バラバラな気持ちを何処かへ飛ばしたくて、必死に振り絞って零した言葉はなんのひねりもない。
「それは、誰に言ってるの?」
私を見ることなく、私の心臓めがけて氷柱を刺してくる。誰だなんて、手を掴んでいる時点で貴方以外いないというのにどうしてそんな事を聞くのだろう。
「貴方に言ってるの」
静かに当たり前の事を言えば、かすかに歪む男の顔。
悔しいのか悲しいのか、見ているだけで胸が苦しくなるようなそんな顔だ。
「嘘つきだね、あやちゃんは...」
歪んだ顔をさっと変えて、元の冷たい瞳を貼り付け男は私をじろりと見下げる。
ぞくりと背中に悪寒がすれば、徐々に自分から体温がなくなってきているような気がした。
それはまるで、手袋も何もつけていない手で雪を掴むような。
掴んだ手から熱を奪い取られて、冷たさが遂には肌を焼きじくじくと傷んでいく感覚。
「嘘つきは、嫌いだよ」
蔑んだ目だ。
人をゴミとでも思っている目だ。
それなのに心がザワつくのは、私の気が変になっているからだろうか?
それとももっと別の理由があるのだろうか?
触れれば火傷するとわかっているのに、その白く残酷なほど美しく見える雪のような男に手を伸ばす。
なおも冷たい瞳が私を刺すように見つめるが、そんなことも忘れてしまうほど私は彼に触れたかった。
指先があと少しで男に触れようとしたが、すっと後ろへと下がる目の前の人、触れる事を許さないとでもいうように鎖の音が響く。
触れようとしても届かない指先がもどかしい。
「触らないで、嘘つきは僕嫌いっていったよね。それともそんな簡単な日本語さえわからないの?」
冷たい言葉を吐きながら見下ろされると、歪むは視界か私の心か、どちらだろう。
蔑んだ目の中に、なにかどす黒い物が見えたような気がした。