【おそ松さん】歪んでいるというには、あまりにも深く
第1章 ただ好きなだけです
「そんなの決まってるじゃない、ヤるためよ?貴方もそうでしょ?」
ふっと笑って天井を見れば、自分の情けない姿が鏡に映る。手首を縛られて今から起こる行為をこの鏡はいったいどれくらい映してきたのだろう。そんな事を考えて、目を瞑る。
それにしてもこの人はいつ私に手を出してくるのだろうと、深く息を吸えばゆっくりと動く胸。
呼吸を繰り返せばゆっくりと上下に動く胸を見つめながら、空虚な時間を過ごす。
ただ触れてもらえる瞬間待つだけとは、なんて虚しいんだろう。
「どうして何もしないの?」
痺れを切らして口を開けば、それはヤケになって自分を投げ捨てた言葉だ。早く楽にして欲しい、早く全てを忘れたいがために、それをしてくれるであろう人の手に触れる。
冷たい指先が妙にリアルで、それと同じように冷めた目で見つめられると心の奥がザワつく。ジャラジャラと音のする鎖が耳に響いて、私を急かす。
「ねぇ?早く触ってよ、それで無茶苦茶にして?抱いて、忘れさせて」
一時でもいい、むしろそれが目的だ。
愛だの恋だののたうち回るのに疲れた。身体の快楽だけが、きっと今の私を満たしてくれるんだと自分に言い聞かせながら、なおも鎖を鳴らす。
けれども彼は、遠くを見つめたまま煙だけを楽しみ、なおも蔑んだ瞳をちらりと私に向けるだけだ。
「なんで、ねぇ?なんでよ?どうして触れてくれないの?」
卑猥な言葉を口にすれば、その蔑んだ瞳は私を満たしてくれるのだろうか。唇を噛めば、粘つく薄い色のリップが剥げて落ちていく。私の心と同じように、粘つく感触が気持ち悪い。
『別れよう』
たった四文字の言葉で、この粘つくように縋るような想いを流せるほど私は強くはない。だからもう、何もかも忘れてしまいたいんだと、その為に目の前の男を誘う。
剥げていく唇が元の色を取り戻せば、なんともお粗末で色気も味気もない。とうに落ちた化粧もぐちゃぐちゃで、たしかにこんな女を抱く物好きの男がどこにいるというの?