第1章 ~二番目の、恋~ (及川 徹)
広くはない店の中、黙々と、
手際よく一人で準備していくマスター。
…動きに、ムダがない。
もう何年、こうしてるんだろうか。
『マスター、ごめんね。何か手伝おうか?』
…マスターが
ふ、と手を止めてこちらを見る。
『おや、すみません、
すっかり、一人のつもりでいました。
…何か、飲まれますか?』
集中、してたんだな。
毎日の繰り返し、
一人での作業、
きっと自分なりのやり方…
ルーティンがあるんだろう。
『…ごめん。俺のこと、気にしないで。
オープンしてから、ちゃんと頼むから。』
酒屋やおしぼり屋が配達に来たり、
ビアサーバーを準備したり、
いつもとは違う(多分、マスターの好み)
BGMが流れていたり…
いつも、
完全に整った店しか見てないから、
その舞台裏を見るのは新鮮で、
無心になれた。
表がすっかり暗くなった頃、
裏の小部屋から出てきたマスターは、
いつもの真っ白いシャツに黒いベスト、
きっちり整えられた髪型に変身してて
灯りをぐんと暗い間接照明に切り替え
静かなJAZZが流れ出す。
『…お待たせしました、及川様。』
いつもの席、カウンターの奥に座る。
『マスター、もしかしたら、
閉店までここに一人で座ってることに
なるかもしれないんだけど…』
『どうぞごゆっくり。
…私でよければ、話し相手させて頂きますよ。』
ニヤリと笑う顔に、夜の男らしい色気。
『ジントニックを。』
いつもの一杯目を頼んでから
思い立って、スマホを取り出す。
綾ちゃんへ昨日、送ったメッセは
既読になっているけど、返信は、ない。
わざと、時間は、指定しなかった。
今夜、俺の時間のすべてを
綾ちゃんのために、空けておく。
…そんな気持ちで。
『ジントニック、です。』
カタン、とグラスが目の前に。
『ありがと。これ、意味、何だっけ?』
『カクテル言葉、ですか?』
『そう。ジントニックは、何だっけ?』
『…強い意志、です。』
…そんな立派じゃないな。
むしろ、今、グズグズだし。
苦笑いしたくなる。
でも、そのすっきりした味わいに
気分にハリが出たのも事実で。
何時間でも、待つ。
それしか出来ない。
選ばれなかった者同士にしか
わからない思い、受け止めてあげたい。
…いや、受け止めてほしい、のかな…