第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『さっきの中学生はさ、
何年か前、まだ全然チビだった頃、
この近くのコンビニでパンを盗ったんだよ。
そこのオーナーが母さんの知り合いで、
警察呼ぶかわりに、ここに連れてきたんだ。
最初の頃は、何聞いても答えなくて、
名前もなんにも分からなかったけど、
飯、出したら、すげぇ勢いで食って。
それから毎日ここに来るようになって、
そのうち、少しづつ話すようになって…』
『最初にパンを盗ったのは、
我慢できないくらい、
お腹が空いてたのね、きっと。』
『だろうな。今じゃすっかり、
小学生達のいい兄ちゃんだよ。』
『…でも、ここは、それで成り立つの?』
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飯代をどうするかは、
最後まで懸案事項だった。
従業員の子どもだけならともかく
それ以外の分までとなると
その線引きが難しい。
"子ども価格で"とか
"週三回で無料"とかいう母さんの提案も
綾ちゃんは、
"子どもはいつでも誰でも
遠慮なくお腹いっぱい食べさせたい"
と、ガンとして譲らなかった。
その頑固さに根負けした母さんは、
結局、新しい策を練り、そして、
◎子どもは18歳までみんなタダ。
◎大人は1人1000円。
ただし、食材を提供、もしくは
子どもに勉強を教えたら1食、サービス。
…というルールにした。
すると、驚いたことに大人達が
次々と食材を提供してくれ始めた。
売り物にするには形の悪い規格外品、
賞味期限切れで売ることは出来ないけど
まだ充分に食べられるもの、
その日に売り切れなかった惣菜、
親戚から大量に送られてくる野菜、
魚釣りが趣味の人は、釣れた魚、
その他、お中元やお歳暮のお裾分け…
集まってくる食材によって、
献立は綾ちゃんのアイディア次第。
メニューがない分、
いつも目新しい家庭料理が食べられる、と
従業員の子どもや
俺の"外の家族"みたいな関係者だけでなく
単身赴任の会社員にも常連が増えた。
そういう人たちは、里帰りすると、
ふるさとのうまいものをお土産に届けてくれるし
単身赴任が終わって仙台を離れたあとも
食べ物を送ってくれたりする。
しかも、1食タダでいい時でも
ほとんどの人がちゃんと金を払うんだ。
…他人のことを思いやれる大人って、
すごく、カッコいい。