第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
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このスペースを作る話が出たとき、
まだ気持ちに迷いがあった母さんは、
俺にも相談してくれた。
『こんなことやろうって話が出てて…
一静、どう思う?』
俺が、反対するわけがない。
(とは言っても、
別にそれほど深く考えてた訳じゃなく、
母さんのヤル気に繋がればいいな、とか
綾ちゃんに向いてる仕事だな、とか
そんな程度の気持ちだったんだけど。)
『すごくいい話じゃん。
考えてみたら俺、母子家庭の一人っ子でも
1度も寂しいとか思ったことないのは、
いつも誰かと飯食ってたからかもな。
おっちゃんおばちゃんとかと話すのって、
学校の友達の会話とはまた違う話題だし。
あんだけ夜の町に知り合いがいて、
あれこれ世話焼かれたりしたら、
却って悪いことも出来ないしさぁ。』
夜の町ならではの常識や
酒を飲む時のマナー、
夫婦喧嘩や仲直りの仕方も(笑)
全部、よその大人に教えてもらったし、
進路や学校生活の相談は、
よその兄ちゃん姉ちゃんが
ためになるアドバイスをしてくれた。
道を踏み外したら
どんな人生が待っているのか、とか
少々失敗したって
本人次第でやり直せることも、
いろんな大人の生きざまを見て学んだし。
…俺のそんな話を黙って聞いていた母さんは
『一静は、親に心配をかけない子だって
なんとなく思ってたけど…
改めて考えると、
私の知らないところでいろんな人が
一静のことを育ててくれてたからなのね。』
…と呟き、俺が、
『だなぁ。ホント、そうだ。
俺、世話になりっぱなしなんだよな。
いつか、なんか恩返ししなくちゃいけねーな。』
…そう答えると、
母さんは、久しぶりに聞くような
まっすぐ、迷いのない声で言った。
『その恩返しは、
一静じゃなくて、私の仕事だわね。
…ありがとう、一静。
私のやるべきことが見つかったかも。』
その時はなんのことかわからなくて、
まぁ、ヤル気が出たならそれでよし、
そんな程度に思っていたのだけど…
その日を境に
"静ママ"も"一人静"も、
大きく変わっていくことになる。