第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
駅に向かって歩きながら
スマホを取り出して電話をかける。
『もしもし、綾ちゃん?』
『いっちゃん!今、どこ?』
『家、出たとこ。今から駅。』
『そう…静と、ちゃんと話した?』
『別に、たいしたこと話してねぇよ。
なんか、出掛けにしんみり
"父の愛"とか話そうとしてたから、
ぶっちぎって出てきた。』
『なんでー。聞いてあげたらいいのに。』
『やだよ、親の口から愛とか恋とか。
気持ちわりいじゃん。』
うふふふふ。
電話の向こうで、
綾ちゃんの笑い声がする。
『何?なんで笑う?』
『いや、ちょうどいいくらいに
反抗するようになったなー、って。』
『なに、それ。』
『あたしがこっち戻ってきた最初の頃とか
いっちゃん、お利口さんだったもん。
静も、立派すぎる母親だったしね。』
『だっけ?』
『うん。なんだかよそよそしいほど、
立派な親子だったわよ。』
思い出してみる。
…あの頃は、確かに
母親に心配かけちゃいけないと思ってた。
話を途中でさえぎったりしなかったし、
俺の知らない"父親に大事にされる母"の
邪魔をしちゃいけないと思ってたから、
いい息子でいよう、って思ってた。
だけど、
綾ちゃんがうちに来てからは、
母親には言えないようなこと
…彼女とのいろんなことや、
綾ちゃんへの想いを止められずに
禁止されてた夜の街を走ったこと、
その先の、いわゆる"身体の"関係、
最後には家出なんかもしてみたり…
そんな、
自分の気持ちを最優先に行動したりして。
そんなことをしながら、
"大人も子どもも関係ない"って
ちょっとわかったんだと思う。
身勝手だと言われそうな恋を貫いた
母さんの強い気持ちと、
それを失った時の弱さ。
幸せを自ら手離した綾ちゃんの
覚悟と裏腹の寂しさと、
それでも母親らしさを失わない強さ。
大人だってみんな、
強かったり弱かったり寂しかったり、
落ち込んだり凹んだりしながら生きてる。
立派じゃなくても、家族は家族。
愛情が足りないから、じゃなくて
愛情が満ち足りてる、って
お互いにわかってるなら、
自信を持って心配かけていいんだ、って
今ならなんとなく、
わかる気がする。