第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『ねぇ一静、
ホントに見送り行かなくて大丈夫?』
『大丈夫だってば。
別に、外国行くわけじゃないし。
人混みの中とか行って、
また倒れられたりする方が困るから。』
俺がいよいよ出発する日。
見送りに来ようとする母さんを、
玄関先で押し止める。
『んじゃ。』
なんか、
ちゃんとしたこと言いたいのに、
なんか、照れて、言えなくて、
無愛想に出ていこうとした俺。
『あのね、一静、』
『あ?』
『この間、綾に言われたの。
ちゃんと一静に言いなさい、って。』
『…何を?』
『あなたの名前も、お店の名前も、
あなたのお父さんがつけてくれたのよ。
…普通の家族じゃなくて不自由させたことも
あるだろうけど、一静も私も、とっても…』
『やべ、もう、時間。俺、行くわ。』
ちゃんと、分かってっし。
親の口から"愛"とか"恋"とか
聞きたくねーっつーの。
…親と同じ歳の綾ちゃんに
あんなに夢中で惚れてた俺が言うのも
なんだかなぁ、なんだけどさ(笑)
結局、
まともなことは何も言わないまま
玄関のドアを開く。
『んじゃ。』
『…行ってらっしゃい。
一静の決めたこと、何でも応援するから。
こっちのことは気にしないで、とにかく
自分の決めたこと、やり抜きなさいね!』
『その言葉、そのまんま返すよ。』
大事な人が突然、いなくなって。
俺まで、近くにいなくなる。
生きてくうえでの心のバランス、
とれなくなって当たり前だと思うけど。
それこそ、
母さんがこれまで築いてきたものを
簡単に手離さないでほしい…って、
それはきっと、
俺だけじゃなくて、
亡くなったあの人も、
同じ事を思ってるはず。
…ま、俺ごときが言うことじゃないけど。
『じゃーな。』
『行ってらっしゃい、気を付けて!』
まるでいつも学校に行くときのように。
ごくごく普通に言葉を交わして家を出た。
大げさなこととか、言いたくない。
ここは、俺にとって、
"いつでも帰れる場所"だから。