第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
それからしばらくの慌ただしさといったら
それはそれは、ハンパなかった。
母さんは、あれから三日後に退院した。
だけど、気力も体力も、
そう簡単には取り戻せないようで、
店には、時々、短い時間、顔を出すだけ。
そもそも、あの店は、特殊だ。
お客さんは、
母さんの彼…あの、亡くなった人…の
関係者が多いから、
うっすら、理解はしてくれているようで、
心配して来てくれてるお客さんのお陰で
むしろ、店は、繁盛しているらしい。
俺は、第一志望に、合格してた。
つまり、家を離れて、
独り暮らしをすることになる。
入学や引っ越しって、
びっくりするほどたくさん、
書類とかがいるんだ、って初めて知った。
むしろ、この時期、
母さんが家にいてくれて助かったくらいだ。
引っ越し先を探したり
部屋を準備したりするのには、
"外の家族"のみんなが力になってくれた。
俺より年上の子供がいる人も多いから、
その人脈や経験で、
あっという間に物事が決まっていくし、
綾ちゃんは仕事の合間に
しょっちゅう、うちに顔を出して
母さんの話し相手をしたり、
家事をしたりしてくれて、
みんな、
自分のことのようにあれこれ楽しそうに
世話を焼いてくれた。
つくづく、思う。
俺が育った環境は、
"普通"ではないかもしれないけど、
すごく、恵まれてるんだ、って。
『母さんのことを置いていくなんて、
俺しか家族、いないのに…』
って思ってたけど、
そんなこと、思ってるのは俺だけで。
みんな、当たり前みたいに
俺の新しい道を喜んでくれるし、
母さんのことを見守ってくれる。
そしてそれは、
母さんがこれまでここで
俺を育てながら築いてきた
人間関係の重なりで、
さらにそれは、
父さん…って呼ぶのはなんかテレるけど…
父さんが、
自分がいなくても、
母さんや俺が困らないようにと、
あれこれ選び、
気遣ってくれたことの結果なんだ、
…ってことが、今ならわかる。
当たり前の家族ではないけれど、
みんな、それぞれ、
大切なものを守ることを、
その時、出来ることを、
精一杯に。
だから、俺も、ちゃんとしないと。
いつか、大事な人を、
父さんみたいに、母さんみたいに、
受け止めて、寄り添って、守れるように、
ちゃんと、独り立ちしないとな。
