第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『いっちゃんは
大人に囲まれて育ってるから、
人に気を遣いすぎなとこがあるかもね。
進路でも彼女のことでも、もっと
自分の気持ちを大事にしていいと思うな。
その優しさが
いっちゃんのいいところでもあるけど。』
『別に俺、気を遣ってるつもりは…』
『とにかく、』
立ったまま、いつのまにか
コーヒーを飲み干した綾ちゃんは、
話を遮るように、言った。
『明日は彼女のお弁当、
いーっぱい喜んであげてね!
きっと、すごーく早起きして、
バタバタ頑張ってくれるはずよ。』
『わかってる。』
『なら、よし!』
『どんな弁当だったか、帰って報告するからさ。』
『…いいよ、そんなことしなくて。
彼女のこと、イチイチ言わなくていい。
私、別にいっちゃんの母親じゃないし。』
『…だって、』
『ん、そうだ!
お礼に明日は彼女と晩御飯でも食べてきたら?
ファミレスだってきっと嬉しいはずよ。
うん、そうしなさい。
明日は私、晩御飯、作らないからね。
あ、でも、ちゃんと向こうの親御さんには
先に連絡するように…』
『…綾ちゃんだって、
俺と彼女のこと、口、出しすぎだろ。
母親じゃねぇんだから。』
こんなこと言うつもり、ないのに。
『…ごめん、そうだよね。』
『俺こそ、ごめん。言い過ぎた。』
『ほぉら、またそうやって謝る!
他の人はともかく、私と静には
そういう遠慮はいらないんだよ。
反抗したりワガママ言っていいの。』
どうしていいかわからない。
謝りたいのに。
腹立つ、とかじゃ全然なくて、
自分の気持ちがよくわからない。
黙ってる俺に、綾ちゃんは
いつもと変わらない声で話しかけてくる。
『余ったおかず、
小分けにして冷凍しておくから。
ちっちゃいタッパーって、どこだっけ?』
『小さいのは…上の棚ん中じゃねえの?』
シンクの上の棚に
背伸びして手を伸ばす綾ちゃん。
『あ、これかな?…イタッ!』
指先にあたった小さなタッパーが落ちてきて、
カタン、と綾ちゃんの頭にぶつかる。
『あぁ、もう!チビはダメねぇ、椅子…』
『そういう時、何で俺に頼まないの?』
立ち上がり、綾ちゃんの後ろから
棚に手を伸ばす。
『いくついる?』
『ええと…みっつか、よっつ、くらい…』