第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
棚の高いところから、
三つ、四つ、五つ、と
タッパーを取り出し、手渡す。
『うん、充分。ありがとう。』
シンクと俺に挟まれて立つ綾ちゃんが
こっちを見ないで、そう言った。
『綾ちゃん、』
『ん?』
やっぱり、こっちを見ない。
手元のタッパーを
積み木みたいに重ねては崩す動きを、
無意味に繰り返してる。
『お礼なら、
ちゃんとこっち向いて言ってほしいんだけど。』
『…ありがと。』
やっぱり、下を向いたまま。
『なんで?』
『昨日、言ったでしょ。近くで見ないで、って。』
『素顔、毎日、見てるじゃん。』
『…すごく、キレイだったの。』
『なにが?』
『彼女。』
『…フツーの子、じゃね?』
『美人とか、かわいいとか、
そういう問題じゃなくて。
肌とか手、白くてピチピチで、
瞳も歯も真っ白で、髪の毛、ツヤツヤで。
笑った顔とか、キラキラしてるのね。
…恋、してるからってのもあるんだろな。
彼女があんなに輝いてるのは、
いっちゃんが彼氏だからだよ。
…もう、私が持ってないものばっかり。
あれと比べられたら、あたしなんか
ホントに、ゴミ箱の中の紙クズそのもの…』
だんだん小さくなる声。
いつものあの明るさも、
さっきまでのあのおせっかいも、
今はどこにもなくなっていて。
ダメだ、って。
母親の友達に欲情するなんて
親への裏切りだって
昨日、思ったばっかりなのに、
『そんなこと言われたら、俺、』
強い人の弱さなんか見せられたら、
『守んなくちゃ、って思うだろ。』
後ろから、抱き締める。
小さな体は、すっぽりと腕におさまって。
俺の手に、綾ちゃんの手が、触れる。
『…いっちゃん、』
『今日は、抵抗しないんだ?』
『しなくちゃいけないのに、』
触れた手のひらは、
抵抗するどころか
ギュッと力がこもって、
『やめて、って、言わなくちゃいけないのに、』
体の力が抜けていくのがわかる。
『いっちゃん、お願い。
"おばさんのくせに甘えんな"って突き放してよ。』
そんなこと、
『出来るわけ、ないし。』
そう言ったって、
じゃあ、何か出来るかといわれれば
何も出来ないとことも、わかってる。
抱き締めることくらいしか。
そこから先は、
…親への、裏切り。