第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『あのさ、明日、弁当、いらない。』
あんなに悩んだのに、
結局、こんなシンプルな言葉しか出なくて。
そして、
返ってきた返事に、驚く。
『彼女のお弁当、楽しみね。』
『…なんで、それ、知ってんの?』
綾ちゃんは、
立ち上がってコーヒーを淹れはじめた。
『いっちゃんは?コーヒー牛乳、いれようか?』
『いらない。ねぇ、弁当のこと何で知ってんの?』
『今日、会ったのよ、彼女に。』
え?
『…いつ?どこで?』
『夕方。昨日、いっちゃんと彼女に会った所で。』
『偶然?』
『私は偶然だったけど、
彼女は私を待ってたみたい。
ほら、昨日会ったとき、
私、スーパーの帰りだったでしょ?
あのときの買い物袋、覚えてたらしくて
もしかしたら、今日も私があそこで
買い物するんじゃないか、って、
学校終わったらすぐ来て待ってたんだって。
話があるって言うから、
近くのカフェで甘いもの食べながら、
たくさん、話、しちゃった。』
コポコポコポ…
カチャカチャカチャ…
コーヒーのおちる音と、
食器を洗う音。
いつもは気になったことがないのに、
今日は、やけに気になる。
そこにのっかる綾ちゃんの声まで
いつもと違って聞こえるのは、何故だ?
『アイツ、なんか失礼なこととか…』
『ううん、全然。
むしろ最初にちゃーんと謝ってくれたのよ。
"おばさん"って呼ぶなって、
いっちゃんに怒られた、ごめんなさい、
…って。全然、いいのにね。』
怒ったつもりなんか、ねぇけど。
『私のこと"しばらく手伝いに来てる親戚"
って言ってあるんでしょ?
"しばらく"の後、私がいなくなったら
自分がいっちゃんのお弁当、作りたいって。
ご飯、どのくらい入れるのか、とか
好きなおかず、嫌いなおかず、とか
味付けの好みとか、いろんなこと、
すご~く熱心に訊いてきてね。
メモとか一生懸命とってんの。
…恋してるんだなー、って、かわいくて。
そのまんま、彼女連れて、一緒に
お弁当箱、買いに行っちゃった。
彼女、すごくワクワクしてたからね、
"早速、明日、作ってみたら?"って
私から言ったのよ。
きっと今頃、いっちゃんのこと考えながら
一生懸命、下ごしらえしてるはず。』
俺の知らないところで、そんなことが。
『なんか、ごめん。』
『…いっちゃん、』