第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『こっち、向いて。』
『やだ。ほんと、見ないで。』
『いつも普通に、素顔、見てるし。』
『この距離は、ダメなの!』
『あぁ、もう、マジで、』
俺の腕の中、顔を伏せたまま、
もぞもぞと抵抗する姿、
どうしてこんなに、
こんなに、
『わかったよ、綾ちゃん。
こっち向かなくていい。
下向いたままでいいからさ、
ちょっとだけ、このままでいて。』
こんなに、
いとおしく思えるんだろ。
…今、俺、モーレツに、
この人を守りたい。
まだ、18の高校生。
何をしてあげられるわけでもないと
充分、わかってる。
だけど、
弱み、見せてほしいし、聞かせてほしい。
それくらいなら、俺でも出来るだろ?
『…いっちゃん?』
俺が急に黙ったからか、
心配そうに綾ちゃんが
そっと顔をあげた。
目が、あう。
顔と顔の距離、30㎝。
化粧を落とした素顔。
…小さくて切れ長の目。
半分だけの眉。
化粧をしてる時にはわからない
肌の小さな粗。
顔色に馴染んだ、色の薄い唇。
『やっと、こっち向いた。』
『フフ、』
綾ちゃんが、笑う。
諦めたように。
『近くで見たら醒めたでしょ。
現実って、辛いわよね。
年頃の男の子と一緒に暮らすには、
その方が、
間違いが起こらなくていいんだろうけど。
ごめんね、どうせなら
女子大生とかが同居人ならよかったね。』
乱暴に、俺を突き放そうとする。
『落ち着く。
俺が知ってる綾ちゃんそのもの。』
ほんとに、そう思ったんだ。
腕から抜け出ようとした綾ちゃんを
もう1度、捕獲した。
『いっちゃん、もう、やめ…』
もう、自分でもよくわからない。
のけぞる綾ちゃんの首筋に
唇を添えた。
『…っ?!』
綾ちゃんが一瞬、息を止めて、
…そして、体の力がフワッと抜ける。
はぁっ…
静かな息が、俺の頬にしっとりとかかる。
『いっ、ちゃん、』
俺を呼ぶ声は聞こえるけど、
その声には、もはや
抵抗するほどの力は感じられなくて。
何も答えず、
ただゆっくり、首筋を上に向かって
唇を這わせた。
…綾ちゃんの、色の薄い唇は
まだ、遠い。
焦るな、俺。
やっと気持ちを
こっちに向けてくれたんだから。
ゆっくり、ゆっくり。
…?!