第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『いっちゃん、苦しい…』
俺の腕をほどこうとしながら
綾ちゃんは、そう言うけど。
『嘘つけ。だって綾ちゃん、
それ、本気で抵抗してないだろ?
本気でイヤなら、俺に噛みついても
叫んでもいいから、抵抗したら?
そしたら、俺も諦める。』
『抵抗、するわよ。』
俺の腕をほどこうとする手に、
少し、力が加わる。…ほんの少し。
『それだけ?』
耳元に囁くと、震える小さな声で、
『ね、からかわないで。』
『からかってると思ってる?』
…力なら、もう明らかに、俺の方が強い。
背中越しに抱き締めてた綾ちゃんを、
強引にこっちむきにする。
『いっちゃん、やめて…』
腕のなかで、
身をよじって小さく抵抗してる。
『キスくらい、いいじゃん。
だって綾ちゃん、独身だろ?』
『いっちゃんには、彼女が…』
『俺に彼女がいなかったら、いいんだ。』
『…だめ。』
『なんで?』
『ここは静の家だし、
いっちゃんは静の大事な息子だもん。
…お願い、静のこと、裏切らせないで…』
それを言われると、
俺だって、確かに後ろめたい。
だけどそれでも、
この、
しっかりしてて強そうなのに
傷ついて、もろそうな"女の人"を、
ずっと前から知ってるようで
実はまだ何も知らない"年上の人"を、
今、守れるのは俺しかいない、
…なんて思うのは、
思い上がりかもしれないけど、
とにかく、絶対、手放したくなくて。
ふうっ。
腕の中から、深い息が聞こえる。
怒らせた?
『…綾ちゃん、怒ってる?』
『怒ってなんか、ないよ。
…いっちゃん、大きくなったね。
私が抱っこしてあげてたのになぁ。
たくさん時間が過ぎた、証拠だね。
いっちゃん、大きくなった分、
あたしは、』
『綾ちゃんは、』
くっ、と
片手で綾ちゃんの頭を反らせ、
顔をあげさせた。
『綾ちゃんのままだ。』
『やだ。近くで見ないで。』
…顔をそらそうとする。
『なんで?』
『高校生と比べられたら、
もうあたしなんか、ごみ箱行きの
クシャクシャの紙クズみたい…』
諦めと、蔑みと、抗いと。
その傷付いた弱さを、
全部、俺にさらけ出してほしくて。
力ずくで奪いたくて、
抱き締めた腕に力を込める。