第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『あら、ごめん!
いっちゃん、静に似て聞き上手だから
ついこんな地味な話、しちゃったぁ。
コーヒー、そろそろ出来…』
エプロンで手を拭きながら
クルリと振り返った後ろ姿。
…小さいな。
俺に比べたら、30㎝くらい小さい。
"大人の女"だって思ってたけど
それ以前に、やっぱり"女性"で、
たくさん生きてきた分、
いっぱい傷付いて、
だけど誰にも寄りかからずに
強がったりしてきたんだろな。
『いいから、俺に話してよ。』
思わず、後ろから抱き締めた。
『俺、誰にも言わないから。
何でも聴く。聴きたい。聴かせて。』
『…いっちゃん、同情、嬉しいけど、
優しすぎは、私が辛いから、いらない。』
『同情じゃねぇし。』
『この手が、既に、同情。』
後ろから抱き締めてる俺の手を
無理やり振りほどこうとするから、
ますます、強く力を込める。
『…悪いけど、綾ちゃん、
力じゃ、もう俺には勝てないよ?』
『やめ、て…』
『やめない。』
『ごめん、私が悪かったって。
私が弱っちぃこと話したからよね。
大丈夫だから、ごめんごめん。』
全然、
大丈夫そうじゃねぇんだもん。
『綾ちゃん、うち、出てくんだ?』
『そのうちね。』
『うちにいなよ。
俺に飯作って、話し相手してよ。』
『ご飯は今まで通り静が作るし、
話し相手なら、彼女とか友達とか…
いっちゃんには、他にもたくさん
大切にしてくれる人がいるんだし。』
『綾ちゃんは?』
『あたしもいっちゃんのことは
可愛いし大切よ、当たり前。』
『じゃなくて、
綾ちゃんを大切にしてくれる人は?』
『…今から、探すから。』
『見つかるまで、俺が大切にする。』
『ありがと。気持ちだけでも嬉しいよ。
だから、離して。ね?』
俺の腕を振りほどこうとするその手は、
冷たくて、細くて、少し荒れてて。
『…キス、させてよ。』
『何、言ってんの?
ダメに決まってるじゃない!』
『なんでダメ?』
『理由がないから。』
『理由があれば、いいんだ。』
『彼女、いるでしょ!』
後ろから、耳許に唇を寄せる。
『俺が今、キスしたいのは、
彼女じゃなくて、綾ちゃん。』
…及川が乗り移ったみたいに、
そんな言葉がさらりと口から出て、
自分でも、驚く。