第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
この後…夜に向かって…
一緒に過ごすかどうか。
その返事を待つ彼女が、
腕を組んだまま俺を見上げてる。
この後、俺は特に、用はない。
腹が減った、というのも
シャワーを浴びたい、というのも
二人で飯食えばいいし、
二人でシャワー浴びればいいし?!
断る決定的理由では、ない。
…なら、返事は、
『わ…』
わかった、いいよ。
そう言おうと思った瞬間。
…聞こえたんだ。
『あれ、いっちゃん?』
振り向く。
買い物袋をぶらさげた、
綾ちゃんが、いた。
『綾ちゃん!』
『わぁ、今、帰り?ちょうどよかった、
お腹、空いてる?今日の晩御飯はねぇ…』
…言いかけた言葉が、止まる。
俺の影から、
彼女がピョコンと姿を出したからだ。
『…あら、デート中…』
『うん、いや…』
『気づかなくてごめんなさい。』
『んなこと、…』
俺と綾ちゃんの顔を
かわりばんこに見ていた彼女が
突然、声をあげた。
『あ、わかった!
最近、いつもお弁当作ってくれてる、』
ハッキリと。
『おばさん、でしょ。』
日曜の、夕方の、街。
帰宅する人波の中で、
その言葉を耳に留めたのは
きっと俺たち3人だけのはず。
それくらいありふれた会話なのに、
どうして俺の心臓は
あんなにズキンと音をたてたのだろう。
『やーん、思ってたより若いっ!
全然、おばさんて感じじゃな~い!
あのっ、おばさんの作るお弁当、
いっつもキレイでぇ、見るの楽しみ…』
『おい、』
…想像以上に、鋭い声が出る。
そして、止まらない。
『おばさんおばさん言うなよ。』
『え?でも、
しばらく身の回りの世話してくれる
"親戚のおばさん"って言ってた、
あの人でしょ?』
『そうだけど!』
お前が、おばさんって呼ぶな。
"おばさん"じゃなくて、
"綾ちゃん"、なんだよ。
…と、俺が口にする前に、
綾ちゃんがニコヤカに言った。
『そう、親戚のおばさんなの。
いつもいっちゃ…一静から聞いてるわ。
大事な彼女なんだ、って。
ほんと、かわいい方ね!
うふふ、一静、仲良くしなさいよ~。
じゃ、私、先に帰るから。
お邪魔して、ごめんなさい。』
ニッコリと手を振って。
俺に何も言わせないまま、
くるりと、後ろ姿。
…そして、遠ざかる。