第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『片付けは後で私がやる。
いっちゃんも、も一回、乾杯!』
昔なじみ…とはいっても、
俺の記憶の中の綾ちゃんは、
母親みたいな存在の頃だけ。
はっきり言って、
今、目の前にいるのは、
あの頃とは別人…大人の、女だ。
だけど、予想外に、居心地は悪くない。
母親みたいに
"心配かけちゃいけない"みたいな
気遣いは全然しなくていいし、
彼女みたいに
"リードしなきゃ"みたいな
頑張る感じもないし、
そして"外の家族のみんな"みたいに
日常感いっぱいのグダっとした感じも
全然、ない。
ほどよく知人で
ほどよく他人な距離感。
自然な会話がすごく新鮮で、
遠慮ない感じが心地よくて。
『ね、青城バレー部ってことは、
あの及川君と一緒ってこと?』
『うん…あ、もしかして、
綾ちゃんも、及川のファン?』
『キレイな顔だな、とは思うけど。
あの顔とあの才能じゃ、多分、
余計な苦労もしてるんだろうね。
相当、心、強くないと、
あのキャラ、貫けないだろうなぁ。
あの子、案外、苦労人じゃない?』
『それ、及川に言ってやったら、
きっとアイツ、綾ちゃんに一発で惚れるな。』
『ありがたいけど、遠慮しとく。
モテる男は、私がストレスたまるもん。』
『…別れた旦那は、モテ男だった?』
『うふふ、忘れた。
そういういっちゃんは、どうなの?
彼女、いるんでしょ?同級生?』
…今、綾ちゃん、明らかに、
旦那の話題から逃げたよな。
聞かれたくないことだっただろうか?
だから俺も、敢えてそれには触れず、
話の流れにのる。
『初めて年下とつきあってる。』
『高1?高2?』
『いっこ下。高2。』
『いいなぁ、いっちゃんから告った?』
『いや、それがさ、
よく体育館に見学に来てるから
てっきり及川のファンだと思ってたら、
俺狙いっていうんだよ?ちょっと…』
変わってるよな、って言おうと思ったら、
綾ちゃんが、一言。
『それ、嬉しいね。』
…うん、そうなんだ。
あの時、単純に、嬉しかった。
及川でも、岩泉でも、花巻でもなく、
"俺?!"って。
でも、それで喜ぶのって、
何かカッコわりぃな、と思って
誰にも言わなかった。
…だから今、サラッと
『嬉しいね』って言ってくれたことが
俺、すごく、嬉しくて。