第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
…あ。
約束ごとは、もうひとつ、ある。
"母親の店に近付かないこと"
これだけは、母に厳しく言われてる。
母の店は、
外で自由になれない立場の大人達の
隠れ家。
『子供の姿を見ると、
現実の家庭を思い出してしまう
お客様もいらっしゃるから。』
という、
母の、夢を売る接客業としての心遣いや
『一静に、
他人様に言えないような
大人や社会の秘密を
抱えさせたくないから』
という、母の、親としての心遣い。
…だけではなく、
多分、出入りする客の中に、
俺の父親がいるから、というのも
きっと理由のひとつだ、と俺は思ってる。
俺は、
自分の父親が誰かは知らないから
はっきり自信があるわけではないけど、
多分、間違いないはず。
かといって、
"俺と母さんを捨てたような
父親になんか、会いたくない!"…的な
よくあるガキみたいな理由ではなく。
(いや、高校生なんて
まだまだガキなんだけどな。)
うーん、なんというか、
わざわざ、口にはしないけど、
母がその人のことを
今でも愛していることも、
その人が母のことを
今でも愛していることも、
そして
その人が俺の成長を
ずっと見守ってくれてることも、
なんとなくわかってて、
その、
大人の男女の
表には出来ないけど真剣な恋愛や、
影からでも
俺や母を支え続けてくれている
大人の男としての配慮に、
俺なりに感謝してるから。
じゃなかったら、
あんな知る人ぞ知る存在の店だけで
俺が青城みたいな私立高校なんかに
進学出来るわけがないし、
母が、
いつまでも独身で、
満ち足りた顔をしているはずがない。
どんな間柄であろうと、
別に、全然、構わないんだ。
母を大事にしてくれるなら。
まだ、俺にはよくわからないけど、
男と女には、組み合わせの数だけ
出逢いと縁の形があるんだと思う。
だからといって
俺自身はどうかと言われたら、
俺はいたってシンプルでいいと思ってる。
人並みに
女性に興味はある方だと思うけど、
及川みたいに
数で勝負するタイプじゃないし、
花巻ほど
"青春するぜ~"と頑張る気もないし、
岩泉みたいに
頑固に男らしく、とも思ってない。
…普通、でいいんだ。
で、そんな俺にも、一応、彼女がいる。
高校の、後輩。
多分彼女は、まだ、処女、だ。