第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『ただいまー。』
返事がないのはいつものこと。
でも、自分の家とはいえ、
黙って入るのは気持ち悪いから、
ごく普通に、誰もいない部屋に
声をかけるのが習慣になってる。
『さて、晩飯、何、食おうか…』
うちは、母子家庭だ。
産まれたときからそうなので、
全然、淋しい、とかじゃなく、
これがすごく普通。
母は、夜の仕事をしてる。
これもずっとそうなので、
淋しい、とかいう感覚はない。
母は、どんなに遅く帰っても、
俺の昼用の弁当を作り、
俺を起こして一緒に朝飯を食べ、
俺を学校に見送ってから、眠る。
晩飯は、わざと作らないらしい。
『息子にうちで一人で
晩ごはん食べさせるなんて、
私、耐えられないもの。』
という、
母なりの個人的な罪悪感(笑)が
あるらしく、
小さい頃から、ほぼ外で食べる。
外。
それこそ、
俺の"もうひとつの家族"の出番。
夜の街には
母の仲間の店がたくさんある。
飲み屋、小料理屋、串焼き屋、
ラーメン屋、寿司屋、カフェ…
その日の気分で店に行くと、
それぞれの店の大将や女将や
板さんやママ達が
メニューにあるものないものいろいろと
まかないのような晩飯を作ってくれて、
俺が食べてるあいだ、
それこそ客のように、家族のように
遠慮なく話し相手をしてくれる。
約束ごとは、一つだけ。
"夜の街を制服でうろつかないこと"
青城の制服は目立つから、
変な噂がたたないように。
それさえ守れば、
街は俺には、でっかい庭。
逆に、知り合いがいっぱいいるから
悪いことなんか、出来っこない。
どこの大将も女将もママもマスターも、
母とは古くからの知り合いらしいし、
俺が産まれたときから、
毎日、何かあるときも何もないときも
誰かがそばにいてくれる、
ほんとに心置きなくつきあえる人達。
みんなそれぞれに
訳ありの人生を歩んできてるから、
俺と母の特殊な家庭環境も
まったく普通に受け入れてくれてるし
そもそも"制服が似合わない"ことが
唯一の悩み、とも言える俺には
制服を脱いで自由に歩き回れる方が
ありがたいくらいだ。