第4章 ~いつか叶う、恋~(西谷 夕)
はぁっ…。
家に帰りつく。
両親は仕事に行ってて、
今は、私一人。
自分の部屋で
もう本当に着ることのない制服を脱ぎ、
勉強机に向かう。
取り出した、ノート。
…さっき返してもらったばかりの
私が作った西野君専用の問題集。
最初のページからゆっくりめくると、
数字の間から、思い出が溢れてくる。
…何度も何度も消してやり直したから
破れそうになったページ。
計算問題で初めて全部あってたことが
私まで嬉しくて、つい大きなハナマル
つけてしまったページ。
眠かったらしく、
ミミズがのたうちまわるような字で、
それでも最後までやろうと格闘した跡。
カオリがちょっかいを出して書いた
"ノーミソ筋肉ヤロー"の字の横には、
西谷君が自分で
キン肉マンのイラストを追加して(笑)
気分転換で書いたっぽい、
ページのはしっこのバレーボールの絵。
きっと挫けそうな時に書いたはずの
"絶対烏野合格!"の文字。
どれを見ても、
その時のことを思い出せる。
どのページもどの文字も、全部、
私が西谷君を思ってた時間の証拠。
…そう思っていたら、
最後のページに
新しい文字が書いてあった。
黒のシャーペンで書いた、
大きくて勢いのある文字。
"さんきゅー"
"Thank-you"でも
"サンキュー"でもない飾り気のなさ。
西谷君の、カッコつけたりしない
真っ直ぐな気持ちそのものに見えた。
…この人のこと、
好きになってよかった。
そのページを丁寧に、切り取る。
ガリガリ君の当たり棒も取り出して、
洗いに行こう立ち上がって、
カオリの言葉を思いだし、
…窓から外を見る。
誰もみてないことを確かめて
(そりゃ、見てないよ、ここ二階だし。)
一応、
レースのカーテンもピッチリ閉めて、
そっと、
唇で触れた。
舐めた、んじゃないもん。
触れただけだもん。
ヘンタイじゃ、ないもん。
…でも、これで、私のファーストキス、
西谷君にあげたことにするんだ(笑)
その後、ちゃんと当たり棒は洗って、
(夏にアリとか来たら、ヤだし。)
あの"さんきゅー"のメモと一緒に
私の大事なもの入れにしまった。
『はぁ…バイバイ、初恋。』
…これが、失恋すら出来なかった
意気地なしな私の、大事な初恋の話。