第4章 ~いつか叶う、恋~(西谷 夕)
『西谷君も合格してたし、
中学生活に思い残すことはないね。
…帰ろっか。』
『ホントに、思い残すこと、ない?』
思い残すこと。
…昨日から私もそのことを考えてたし、
きっとカオリも今日、
私にそれを言うと思ってた。
だから、
昨日、ずーっと考えて出した答えを
今、口にする。
『ないよ。何もない。これでいい。』
これでいい。
さっき見た、
合格の喜びと高校生活への希望に満ちた
あの顔を見られたことが、
私の中学生活の1番の宝物。
この宝物を壊すくらいなら、
告白なんて、しなくていい。
『…そっか。』
カオリも
私の気持ちを感じてくれたようで、
それ以上のことは圧してこなかった。
『行こ。』
『うん。』
ぐるっ、と、振り返る。
もう1度だけ、見ておこう。
今まで"当たり前"だった景色が、
明日からは"思い出"に変わる。
もう、からっぽの、靴箱。
見上げた教室の窓に映る、青空。
毎日の学校生活の
始まりと終わりにくぐった、校門。
後輩達の場所になった、グラウンド。
声とボールの音が響いてる、体育館。
どこを見ても、
カオリと西谷君と過ごした風景が
思い浮かんでくる。
『…もう、明日からは来ないんだね。』
『でも一回くらい、
間違えて来そうな気がするけど(笑)』
『学校、離れるけど、また会おうね。』
『当たり前じゃん!
新しい彼氏出来たら、綾に会わせて
チェックしてもらお。』
『付き合う前に会わせて~。
付き合い始めてからじゃ、
なんか、NG出しにくいもん(笑)』
そんな話をしながら歩き始めた時、
後ろから、声がした。
『おーい、森島~』
振り向かなくても分かる。
西谷君の、声。
走って近付いてきてる。
きっとまた、飛び跳ねながら。
あと1回。
あと1回だけ、顔見ても、いいよね。
…振り返った目の前に、
走ってきた西谷君が立ち止まった。
息を切らすわけでもなく、
キラッと笑顔を光らせながら、
カバンの中をごそごそと探って、
『…よかった、ほら、これ。
マジで、俺の命綱だったぜ!』
使い古した、大学ノート。
西谷君のために作った、問題集。
『ありがとな!!』
ノートを受けとる。
指さえ触れてないのに、
ノートで繋がった一瞬だけ、
体がポワッと熱くなって。