第4章 ~いつか叶う、恋~(西谷 夕)
風が、耳元を通りすぎる音がする。
それと同時に、西谷君の呼吸の音も。
…きっとグラウンドには
賑やかな音楽や、
みんなの声援が響いてるはすだけど
それは全く聞こえなくて、
逆に、
聞こえないはずの自分の脈…鼓動?
…の音が聞こえる気がする。
色鮮やかな青空と万国旗と
茶色の土が、視線の真ん中で繋がる。
真っ直ぐなグラウンドのコースが
目の前を滑るように流れていて、
前で待ってる次の組のペアが
どんどん、近づいてくる。
…へぇ、走るのが得意な人は、
いつもこんな景色を見てるのかぁ。
気持ちいいだろうなぁ。
そして、
見る勇気はないけど、
私のすぐ隣に、西谷君の横顔。
…見えないけど、見れないけど、
見える気がする。
前を見つめる鋭い眼光。
汗が光ってるはずの額と頬。
ピンとたった前髪のすぐ下に、
よく似合う真っ赤な長い鉢巻。
きっと、走りながら、
カオリと、いつもみたいに
他愛ない何かを叫びあってる。
私の耳のすぐ横だから
ホントは声は聞こえるはずなのに、
何も聞こえなくて、
西谷君の背中にくっついてる
自分の体が信じられなくて、
西谷君にしがみついている
自分の手が信じられなくて、
…ただ、ドキドキしてた。
目の前に迫る二人は、
この競技のアンカー。
その手に、カオリの手から、
赤いバトンが渡されるのが見えて、
流れていた景色が急に止まり、
耳に、周囲の音が返ってくる。
音楽。歓声。声援。そして、
『…はぁ、はぁ、』
この荒い息は、私のものでは、なく。
『綾、いつまでそこに、いる気?』
笑いながら突っ込むカオリの声で
ハッと我に返った私。
『…ぁ、ぇと…』
西谷君の背中から飛び降りる。
『あの…ありがとう…重かった、よね…』
西谷君は、息を切らせてはいるけど
とても楽しそうな…頼もしい…顔で。
『いや、ぜんぜんっ!
カオリをおんぶはちょっと無理だけど
森島なら、なんてことねぇよっ。
おかげでほら!』
パンっ!とピストルの音が響いて、
赤組のアンカー二人組が、
1位でゴールしたところだった。
『西谷君のおかげ…』
『なーんのっ!赤が勝てばオッケー!』
キラリ、と白い歯を光らせて笑い、
西谷君は、軽やかな足取りで
赤組のテントに帰っていった。