第1章 ~二番目の、恋~ (及川 徹)
カラカラッ、と引き戸が開いて、
暖簾の向こうから、彼女が現れる。
『お、来たよ、コタローちゃんのお月様。』
店内を見回してる彼女に
木兎が声をかける。
大きくて明るい、力強い声。
『綾ちゃーん、こっちー!』
その声を聞いて、
彼女の表情が柔らかく輝く。
…満月の、ようだ。
"響きあう"という言葉が
ピッタリだと思った。
息のあった
セッターとスパイカーのように。
一瞬、胸のなかに、影。
俺の居場所がなくなりそうで。
…わかってる。
木兎は、そんなヤツじゃない。
思いを振り払うように、
俺も声をあげた。
『綾ちゃん、待ってたよ~。
木兎が綾ちゃん綾ちゃん、ってうるさくてさ、
相手すんの大変だったんだから!
やっと俺も、飯、食える。
綾ちゃん、木兎の世話、してやって!』
近づいてくる。
決して派手でも華やかでもない彼女。
"元気一杯"とか"賑やか"とか
"可愛らしい"とか"清純"という言葉も
ちょっと違う。
それでも、木兎が言うとおり
"なんとなく、他の子とは違う"ように
見えるのは、多分、
大人びた雰囲気のせいだ。
…キャーキャー追いかけてくるような
女の子ばかり見てきたから、
その、余裕のある仕草が新鮮に見えた。
『ね、二人が並んで座ってくれる?
ほら木兎君、及川君のとなりに移動して。』
彼女の横に座りたがる木兎を
無理矢理移動させて俺の隣に座らせ、
彼女は俺達の向かいへ。
ドサッと置いた
大きな紺色のトートバッグの中に
分厚い本が見える。
首に巻いていた
白いストールをとり、
柔らかそうな春物のグレーのニットの
袖を折り曲げると、
中から真っ白いブラウスの袖。
爪の短い手元には、
指輪もネイルも見当たらない。
『お腹、空いてるから、頼んでいい?』
どーぞどーぞ、と
木兎が手渡したらメニューを見ながら、
生ビール、飲むね。食べ物は…
アボガドとトマトのサラダ、
山芋の鉄板焼と揚げ出し豆腐、
あ、ゴボウの唐揚げも。
あと…だし巻き玉子でしょ、
それと、おにぎり二個。
そうやって
自分でサクサクと注文を済ませ、
やっと顔をこっちに向けてくれた、
森島 綾ちゃん。
ちゃん?さん?
まだ、それもよく、わからない。