第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
来るときは
アイスクリームを食べながらだったけど
帰りは
香ばしいクロワッサンの香りが
車に広がる。
エンジンをかけて
車を走らせ始めた。
…ゆっくり。
法定速度に忠実に。
話のきっかけを探しながら。
この話題が終わったら、話そう。
あの角を曲がったら、話そう。
次の赤信号で、話そう。
と、
思っているのに、
なぜかなかなかうまくいかなくて、
ヤバい。
もう、綾の家の近くだ。
やっぱさ、
今日、話すのは、止めとこうかな。
だってこんなに楽しかったから。
わざわざ気分、壊すことない。
そうだそうだ、また次の機…
『ケイ君、』
『は?ん?はいっ?』
『ちょっと、そこのコンビニで停めて。』
『あ、あぁ。』
トイレ、かな?
そう思って車を停めたけど、
綾は、車を降りる気配がなくて。
『ケイ君、』
『ん?』
『家に、着いちゃうよ?
言いたいこと、あるんじゃないの?』
『ん、うん…』
俺、優柔不断病、発症してる…
『ケイ君が話さないなら、
あたしが話すよ?いいの?』
『…いい、よ。』
『いいの?』
『あぁ。』
ふうっ。
綾は、ひとつ大きく深呼吸をして。
『あたし、怒ってる。』
『なんで?』
『ケイ君、考えてること、
全然、私に話してくれないから。』
『…』
『迷ってる、ってことなの?』
違う。
迷ってない。
迷ってるなら、迷ってるって言う。
決めてるから、言えないんだ。
『父にあれこれ言われたから?』
確かにきっかけはそうだった。
でも決めたのは、
言われたことに納得いったから、だ。
『ケイ君の気持ちって、その程度なの?』
『その程度?』
『父にちょっと厳しく言われたら
ひっこんじゃう程度?
そこでハッキリ言い返せない程度?』
『それは、違う。』
『じゃ、何?』
『そりゃ、言い返すのはカッコいいけど、
でも、奪えばいいってもんじゃねぇし。』
『だから黙って引っ込んだんだ。』
『ちゃんと考えに帰ったんだよ。』
『で?』
で?
ほら、綾がトスをあげてくれた。
言うなら、今だろ。
やっぱ、無理だ、って。
終わりだ、別れよう、って。
…言えない。
『あたし、』
黙ってる俺に耐えかねたのか、
綾が、しゃべり始めた。