第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
ハザードランプをつけて車を降り、
綾の家の玄関に着くまで、
恐らく、30秒、かかっていない。
チャイムを鳴らすと
バタバタと足音がして、
カラカラ…と戸が開いた。
『早っ!』
本当にビックリした顔が、かわいい。
…昨日1日、会ってないだけなのに、
なんだかすごく久しぶりの気がした。
きっとあれから今まで、頭のなかで
何度も何度も思い浮かべたからだろう。
『練習、来てないから心配で。
家の前から電話かけてた。
…ちょっと、今から出られねぇかな?』
『…いいよ。』
『親父さんかおふくろさん、いる?』
『父は、まだ帰ってない。
母なら、いる。呼ぼうか?』
『うん。お礼、言わねぇと。』
『おかーさーん。ケイ君。』
パタンパタン…と、
スリッパを穏やかに響かせながら
エプロンをした綾の母親が出てきた。
『あら、烏養さん!』
『こんばんわ。
あの、先日は、いい笹かまぼこ、
ありがとうございました。
…ちょっと今から、綾さん、
連れ出してもいいですか?
すぐ、帰らせますので。』
『こちらこそ、おいしいお土産、
ありがとうございました。
綾、ちょっとお化粧直して、
準備していらっしゃい。』
綾が
パタパタと奥へ消えていくのを見届け、
おふくろさんが小さな声で言った。
『先日は、夫がいろいろと勝手なことを
申したんじゃないですか?』
『いや、そんな…』
『綾も、あの後、夫にずいぶん、
くらいついてたみたいですけど…
あの二人の間のことは、
気になさらないで下さいね。
烏養さんがどんな結論、出されても、
綾と夫の間は私が取り持ちます。
…付き合うとか別れるはともかく、
二人に覚悟があるなら、
駆け落ちしたってかまいません。
…あの子と烏養さんが納得いくように、
後悔のないように話し合ってください。
こちらのことは、私が何とでもします。』
…親はみんな、表立っては言わなくても
心から、子供の幸せを願ってるんだな。
俺にはまだ全然わからないし、
うちの母ちゃんと
綾の母親ではタイプは正反対だけど、
行き着くところ、
気持ちは同じなんだろう。
恋愛とは、違う。
結婚は、家族みんなの未来、だ。
『…はい。』
それしか、言えなかった。