第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
いつもはラブホで、
時間を気にしながら抱く。
眠りこけないように
スマホにアラームをかけて。
でも今日は、
時間に縛られなくていいんだな…
空気のように軽くてカラリとした
心地好い布団の中で、
温かく、柔らかく、甘い香りの
彼女を抱き締めてウトウトしていたら、
腕のなかから声が聴こえた。
『ケイ君、』
『ん?』
『朝まで一緒、初めてだね。』
『そうだな。』
『一緒にいられて、嬉しい。』
『そーか。』
『…ケイ君も、言って。』
『あ?』
『"俺も一緒にいられて嬉しいよ"って言って。』
『…ばぁか、恥ずかしいこと、言わせんな。』
『ダメ?』
簡単なことのようなのに。
暗いから顔が見えるわけでもねぇのに。
なんか、素直に言えなくて。
『俺、も。』
それだけ言って、ギュッと抱き締め、
髪と額にキスをふらせた。
『…これで、勘弁してくれ。』
クク、と、小さな笑い声。
『勘弁、する。
照れ屋なところもかわいいから。』
『男にかわいいとか言うな。』
『ほら、やっぱ、カワイイ。』
『ウッセェ…寝るぞ。』
『ん。おやすみ…大好き。』
眠る瞬間まで、
幸せな言葉で俺を包んで
…多分、自分のことも包んで…
静かな寝息をたて始める綾。
いつまで、俺のものでいてくれる?
いつまで俺は、お前を独り占め出来る?
今より幸せな気持ちとか、
想像、出来なくて。
それって、
今がピークってことか?
それとも、
見たことない未来だから
想像出来ねぇだけなのか?
耳元で聞こえる寝息が、
胸に伝わるぬくもりが、
腕にかかる頭の重さが、
消えてしまわないように
もう1度、
ギュッと抱き締めて、
…こういうこと、
綾が起きてる時にしてやれば
きっと、すげー、喜ぶのにな…
現実から逃げるように
俺も、目をつぶった。
明日は、
どんな顔、見せてくれるんだろな。
明日は、
どんな意地悪、してやろうかな。
また、たまには
こんな旅行とか、行きてぇな。
そんなことを考えてたし、
時間を気にしなくてよかったからか、
すごくよく、眠れた。
朝まで、一緒。
ささやかな、非日常。
…そう、
これがすべて、非日常なのが、
俺と綾のつきあい、だった。