第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
あわてて自分の席に座った綾が
『どうぞ。』と、
何食わぬ声で返事するのがおかしい。
入ってきた仲居さんは
相変わらず、ほがらかに話す。
『お飲み物、お待たせしました。
あ、甘エビ、いかがでした?』
『おいしい!プリップリですね。』
『それはよかったぁ。
この時期にこちらに来たら、もう
絶対食べていただきたいですもんね。』
喋りながらも着々と手を動かす
仲居さんの目を盗んで、
俺は綾にこっそり合図を。
"おい、襟元、乱れてるぞ。"
え、という顔で慌てて浴衣の襟を
ギュっとかきあわせる彼女。
…正直いうと、別に、
おかしいほど乱れては
いなかったんだけどさ。
『あと由利牛の陶板焼き、
そろそろ火をつけますね~。
こちら、あんまり焼きすぎない方が
ジューシーで食べ頃ですよ。』
カチ、カチ、と小さな火をつけて
仲居さんは出ていった。
チリチリチリチリ…
肉の焼ける匂いと音。
それをワクワクした顔で
見ている綾。
そんな綾を見ている、俺。
本当はもっと、オッサンっぽい遊び
…女体盛りとかわかめ酒とか(笑)…を
してもよかった。
でも、やめた。
正直いうと、
そんな恥ずかしい姿の彼女を
見てみたいと思うし、
きっと綾だって、
イヤだイヤだと言いながらも
俺の遊びにつきあってくれる。
だけど、
俺の心の片隅で、
この子は…綾は、
そんな下品な扱いをしちゃいけない子だと
ちゃんと、わかってるから。
きっといつか、彼女は
自分が育ったような
落ち着いた家庭を築くだろう。
それは、俺が相手では、あり得ない。
彼女が一生の相手として選ぶはずの
"しっかりした"男のモノになる時に、
俺と過ごした経験のせいで
彼女のよさが
崩れてしまうことがないように。
遊びの、刺激的な、下品なセックスを
当たり前と思わないように。
多分、この旅行は、
俺にとっても綾にとっても
二人の付き合いの中で
忘れられない思い出になる。
だからこそ、
…いつ思い出しても
いいことしか思い浮かばないような
"秘密"で"特別"な時間にしてやりたい。
彼女はきっと思ってもいないけど、
楽しければ楽しいほど、
俺には、
俺達の違いが…終わりが…見える気がする。
…いとおしくて、切ない。