第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
『貸し切り露天風呂→』
と書いてある案内板に沿って、
何回、角を曲がっただろう。
大きな宿だ。
俺達のほかにも宿泊客がいるはずなのに
その気配を感じないくらい、大きい、宿。
静かだけど、不景気な静けさじゃない。
ゆっくりくつろぐために不可欠な
"ちゃんとした"静けさ、というか。
酔っぱらって腹踊りするような宴会や
興奮して騒ぎ回る部活動生(笑)としか
旅した記憶がない俺にしたら、
こんな宿は、ホントにそれこそ初体験。
キョロキョロしたい…けど、我慢してる。
それに比べたら
綾は、明らかに慣れてる。
さっき、
部屋を案内してくれた若い仲居さんにも
さりげなく、
お年玉袋みたいなのを渡してた。
…こんなところで、二人で、露天風呂。
風呂は1つだけか?
声、聞こえたりすんのか?
いや、それ以前に、
俺、緊張して、アソコが
"使い物"にならなかったら…
なんていう俺の下心を知ってか知らずか
脱衣所の鍵をカチャリとかけた綾は
『一時間の貸し切り、ね。』
と言うと、スルリと脱ぎ始めた。
特に恥じらうわけでもなく、
特にエロい顔でもない。
風呂に入るんだから、当たり前、
そんな感じ。
…あれこれ考えてる俺がおかしいのか?
慌てて俺も、脱いだ。
タオルで体を隠してる綾が
小さなビニールバッグから
洗顔や髪を結ぶゴムなどを準備しながら
『先、入ってて。すぐ、行くね。』
と声をかけてくれたので
遠慮なく、
先に一人で外へ…露天風呂へ…出た。
『…ぉぅ。』
誰に話しかけるでもなく、声がでる。
昼間の暑さは、
宵闇と深い山と、
近くを流れる小川が全部、
引き受けてくれたらしい。
カラリとした空気、
オレンジ色の電灯と
白に近い黄色のスポットライトに
染められあげた木々の緑、
岩風呂の上にもやもやとかかる蒸気。
こりゃ確かに、裸で、
全身で味あわないともったいねぇな。
ざっーと桶で何度か湯をかぶり、
昼間の汗を流した。
乾いていた岩肌の床が濡れていく。
綾は、まだ来ない。
先に、浸かるか。
屋根のない露天風呂に浸かって
顔をザブンと洗い、
はぁ、と一声あげた時、
カラカラカラ、と音がして、
引き戸が開いた。
…タオルを体の前にたらした
綾の姿が、
湯煙の向こうに、見えた。