第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
俺、本当は、夜、
うまいビールを飲みたいから
あんまり飲み食いしたくないんだけど、
『暑いから、かき氷!』とか
『かりんとうの試食!』とか
『きりたんぽ半分こ!』とか
…そうやって笑顔で差し出されると
つい、カプッと食ってしまう。
『おい、今、あんまり食うと
晩飯、入らなくなんじゃねーか?』
『大丈夫!』
そしてブラブラと歩いたあと
ようやく宿に向かったのは
西陽がグンと傾き始めた頃だった。
山の方に車を走らせる。
『どんな宿だ?』
『一言で言うなら、温泉旅館。温泉、好き?』
『長風呂はしねぇけど、嫌いじゃねぇよ。』
そんな話をしながら到着したのは、
『…ほぉ…こりゃまた、
奮発したんじゃねーのか?』
瓦葺きの屋根、
立派な門構えに家紋入りの提灯、
玄関と植木の間からこぼれる
オレンジ色の灯りの向こう側には
立ち居振舞いもおだやかな
着物姿の仲居さんが見える、
立派な和風旅館だった。
…ちょっと、気後れするほどに。
『あのね、いろいろ探したんだー。
株主優待券、とか、福利厚生、とか
あれこれ使えるもの、フル活用して。
…チェックインしてくるから、待ってて。』
荷物を従業員に預けて
フロントに向かう姿を見送りながら
つくづく、思った。
…任せてよかった。
俺だったら、
ビジネスホテルとってたかも(汗)
建物の説明をしながら
案内してくれる仲居さんについて
部屋に到着。
…部屋の扉は、格子の引戸。
うちの玄関よりよっぽど立派だろ…
若くプクプクした仲居さんは
『7時ですね。』と綾に確認して出ていった。
仲居さんを見送って
早速、荷物を開く綾。
『晩飯、7時?すぐだな。』
『違うよ。7時に予約してあるのはね、』
部屋の隅に積んである浴衣とタオルを
"はいっ"と差し出しながら、綾は言った。
『貸し切り露天風呂。』
『…ぉ、ぁ、露天、風呂。』
『そ。貸し切り。…一緒に、はいろ♥』
はいる。
はいるよ。
はいっていいなら、一緒に。
貸し切り、露天風呂…
綾に急かされるように部屋を出て
やわらかな絨毯敷きの廊下を歩く。
チラッ、と
ふるさとのことを思い出した。
今日は、花火大会。
地元のみんな、花火、楽しめよ。
俺は、
貸し切り露天風呂、
楽しむからさっっ!