第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
…ウキウキ、という言葉は
女子のためにあると思っていたけど。
その日、俺の顔からは
隠しきれない"ウキウキ"が
駄々漏れだったらしい。
綾に完全お任せで企画された
初めての旅行。
彼女の休みと俺の休み
(つまり、烏野バレーの練習が休みの日)
…を考慮した結果、偶然にも、
俺達がつきあい始めて1年になる、
この町の夏の一大イベント、
あの花火大会の日から2泊になった。
町じゅうのカップルが花火大会に行く日、
俺達は、この町をつかの間、脱出する。
その特別感といったら、たまらない。
新幹線が動きだした時、綾が言った。
『記念日旅行だね!』
『だな。』
『偶然だけどね。』
『あぁ。』
『なんか、特別っぽくて嬉しい~。』
『そうか?』
『あれから1年、たつのかぁ。』
『おぉ。』
『…ケイ君、』
『あ?』
『照れ屋なんだね。』
『んあっ?!』
『つれない返事の割に、顔、デレデレ!』
『…うっせぇ。』
『カワイイ♥』
『ばぁか!』
『はい、お昼にはちょっと早いけど
これ、食べたかったから。どーぞ!』
取り出されたのは、見るからに"駅弁"
といった風情の包み。
『ぁ、ちょうど腹減ってきたな。
お、牛タン弁当?そういや、駅弁で牛タン、
食ったことねぇな。』
『しかもね、ここ引っ張って五分待つと…』
弁当箱からしっぽのようにのびる
黄色い糸をひっぱって待つと、やがて、
『ほう!』
加熱式の弁当で、
ホカホカの状態で食べられるというわけだ。
『特別感、すげぇな!』
『でしょ!初旅行だから。
何もかも、想い出にしたいもんね。
ハプニングもハッピーも、全部、
忘れないように特別な旅にしよ!』
…女の子だな、と思う。
そして、
いい想い出にしてやりたいな、とも。
割り箸をパンッと勢いよく割って
『あ、きれいに割れた!幸先いいなぁ!』
と、割り箸ひとつで喜ぶ横顔を見ながら
"この笑顔は、いつまで俺のとなりに
いてくれるんだろうか?"
…と、一瞬、頭に浮かんだ考えを振り払う。
今は、この旅を楽しまねぇと。
『な、牛タンにはビール…』
『それはダメ!向こうに着いたら
レンタカー、運転してもらわなくちゃ。』
『へいへい…じゃ、お茶を…』
ペットボトルでベコッと乾杯して、
この旅が、始まった。