第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
『ね、ケイ君、ボーナス出たら、
夏休みとって、旅行、行こう!』
…新鮮な響きだった。
どっかの銀行の
『夏のボーナス定期預金キャンペーン』
のCMかと思ったくらい、
声も言葉も、完璧な響きだった。
今すぐにでも
旅行雑誌を取り出しそうなくらい
ウキウキした表情の彼女。
ほぉ、と一言だけ返事した俺に、
綾が小首を傾げて、問う。
『あれ?嬉しくない?旅行、行きたくない?』
『いや、行きたいけどさ、大前提に問題がある。』
『大前提に、問題?』
『おぅ。』
『なぁに?』
『あのな、』
…これを言ったら、驚くか?ヒくか?
『あのな、俺には、ボーナスは、ない。
ついでに、夏休みも、特にない。』
え、?!と
小さく答えた彼女の顔と声は、
心底、驚いていた。
こういうところは、
"新鮮"というより
"育ちの違い"なんだと、改めて実感する。
地元では大きな会社に勤める彼女の父。
高校から、地元の銀行に就職した彼女。
(ちなみに、母親は、専業主婦らしい。)
彼女やその回りの人にとっては
夏といえばボーナスが出て、
夏休みをとって旅行に行く、というのが
至って普通の発想なのだろう。
比べて、俺。
坂ノ下商店は、お袋の実家の店。
親父は、配達などの外回りをしながら
父方の祖父母が残した畑もやっていて
お袋も、それを手伝っている。
俺は(皆さんもご存じの通り、)
坂ノ下商店の店番と畑の手伝い、
…この時期は、オクラやキュウリ…
そして烏野高校バレー部の指導。
畑の手入れは毎日。
学校は夏休みだけど
自営業の坂ノ下商店は、
部活にやってくる高校生や
夏休みで時間のある小学生のお陰で
むしろ学校の期間より、
パンやアイスやジュースが売れるから
休むといったって、せいぜい盆の3日間。
…そういえば、俺、子供の頃も
夏休みに泊まりで家族旅行、なんて
行った記憶、ねぇな。
別に、不満だなんて思ったこともない。
それが当たり前だったし、
夏休みは手伝いして小遣いもらえる、
子供にとって絶好の"稼ぎ時"だったから。
『…そっかぁ…』
ビックリ、のあとは
明らかに、ガッカリ、の表情の彼女。
『でも、俺より、』
ガッカリ顔の彼女だけど、
自分こそ、大きな問題があるだろ?
『お前、親父さんは?
旅行なんて、許してくれんのか?』