第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
『今日も楽しかった!』
『いや、こっちこそ、
というか、その…いろいろ悪かったな。』
『何が?』
急に連れ出したこと。
車の中で抱いたこと。
シャツまで買わせて。
『…だから、いろいろ、だよ。』
ほんの数秒、静かな時間が流れた後、
彼女は言った。
『…ケイ君、って呼んでいい?』
ケイ君?
誰のことだ?
『?』
『あ、もちろん、みんなの前では
今まで通り、烏養さんって呼ぶから。』
ケイ君…お、俺?!
『ダメ?』
『ダメも何も、』
『じゃ、繋心の方がいい?
…でも、呼び捨ては、ちょっとヤだなぁ。
年上だもん。ね、ケイ君、ダメ?
あ、じゃ、ケイちゃんと、どっちがいい?』
どっちか、選ばなきゃいけねぇのか?
『んー…ちゃん、はありえねぇな。』
『じゃ、やっぱり"ケイ君"だ。
ケイ君、こっちこそ
楽しいデート、ありがと。またね。』
『おぉ。なぁ、森島、』
『綾って呼んで欲しいけど…』
『(照)…綾、』
『なぁに?』
彼女はとても嬉しそうな顔で。
今さら"本気か?"なんて聞けないほど
楽しそうな、信頼してる顔で。
『…いや、なんでもねぇ。
シャツ、サンキュ。親父さんとうまくやれよ。』
『はぁい。』
プーッと膨れた後にサラッと笑う。
若さ独特の
スネてるのに愛嬌のある顔をして、
車を降りる直前に、彼女は
『?!』
俺の左顔に
柔らかく爽やかなキスをした。
『おやすみなさい♥』
車を降り、
軽く手を振ってクルリと振り返ると
軽やかに歩いていく。
その姿が角を曲がって消えていくまで
俺は黙って見送った。
右、左、右、左、と揺れるポニーテールが
心なしかいつもより大きく跳ねてるように見える。
…ふと我に返る。
隣が、静かで。
『よし、帰るか。』
自分に号令をかけるように
わざと声に出して言い、
車をバックさせようと振り返ったとき、
肩からツンと少し刺激的な匂いがした。
新しい服を出した時独特の、あの匂い。
今の俺の気持ちに似てる。
…新しいことが始まる。
パリッとした新鮮な気持ち。
甘い、というより刺激的な予感。
開けてしまったからには、
直接触れてしまったからには、
返品不可。
…シャツも、彼女の気持ちも。
違和感なく肌に馴染むまで、
どのくらい、かかるんだろうか。