第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
それからは、
ほとんど無言だった。
花火を見てたのは、
結局、20分くらいだっただろうか。
いかにも
"これがトリだ"といわんばかりの
大きくて派手で華やかな花火が
何連発も夜空に広がったあと、
空は真っ暗になった。
遅れて届く音も
空に幕をかけるように残った煙も
闇に薄れて溶けていき、
そして、何もなくなる。
光も、音も、興奮も、感動も。
ここから先は、
自分で動かなければ、
誰も、何も、後押ししてくれない。
むしろここから先が、本題。
…次の言葉が、
きっと俺達のこれからを決める。
そう思うと、なかなか口を開けない。
なのに、
彼女は、黙っている。
多分、待ってる。
俺がどうするのか、どう言うのかを。
あぁ、やべぇ。
どーすっかなぁ。
ストレートに告白するべきか?
ストレートに誘うべきなのか?
大人の余裕を見せた方がいい?
…迷って、
どうしていいか決めきれなくて
自分の手元を見ると、
黒い、つぶ。
蚊。
…パチン。
現実に引き戻される。
『…ぅふふ。』
止めていた息を吐き出すように、
笑う、彼女。
『車、乗るか。』
『そうだね。』
車に乗れば、
暑いからエンジンをかけるわけで、
エンジンをかければ
黙ってそこにいるのもおかしいわけで、
『行くか。』
『…そうだね。』
あぁ、
こういうところが好きだ、と思う。
『どこに?』と聞かないところ。
決めきれない俺をせかさないで
それでも委ねてくれるところ。
俺が自分のペースをつかめるまで
さりげなくリードしながら、
それでも待っててくれるところ。
『うしろ、だいじょーぶ?』
シートベルトをはめたまま、
助手席から後ろを振り返る彼女の顔が
目の前にある。
ひねった首もとの
うっすらまっすぐな筋。
細いペンで一筆で描いたような
スッキリとした横顔のライン。
澄んだ白眼とくっきりした瞳。
力が入ってるからか、尖った唇。
動きに後からついてくるような
従順な動きのポニーテール。
…全部、欲しいと思った。
今なら、
この暗闇の車の中なら、
あれこれ考えずに、
一気にモノに出来るような気がする。
今しか、ない。
右手でハンドルを握ったまま、
左手で、振り返る彼女の横顔を掻き抱いて
『…ぅ、んっ…?!』
キスをした。
コイツが欲しい、と思ったから。