第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
花火大会の会場の川沿いとは
正反対の方向に車を走らせる。
花火は、後ろの方角。
だけど彼女は、振り返ったりしない。
俺に気を遣ってるんだろうか。
さすがにちょっと申し訳なく思って
声をかける。
『見たいだろ?もちょっと待ってろ。』
『大丈夫。かわいいサイズで見えてる。ほら。』
指差したサイドミラー。
四角く切り取られた夜の景色の
上半分に弾ける、色つきの光。
『ちっせーなぁ。』
…返ってきた答えは
つぶやくような小さな声。
『不思議。
空にあるとあんなに大きいのに
これだと線香花火みたい。』
…新鮮だった。
いつもの
"元気で明るいみんなのマネージャー"
とは違う、
"女の子"の言葉、表情、感覚。
全然知らない女みたいだ。
…もっと知りたいと思ってしまう。
なんともいえない気持ちを
言葉にできないまま、
車を走らせた。
そして。
『着いたぞ。』
俺が手伝いに来る畑のある山の上から
あの河川敷がよく見えて、
気持ちがいいから、
時々、ここで町を見下ろしながら
昼寝をしたりしてた。
まさかここで花火を見る日がくるなんて
想像もしなかった。
昼寝が、こんな時に役にたつとは。
『降りるか?』
『そうだね。』
ライトを消して、車を降りる。
木と木の間から
唐突に空に向かって飛び出してくる光。
そして光が消えた頃に届く音。
『ずれてるな。』
『うん。』
『河川敷の方が、よかったか?』
『ううん、すごく新鮮。
同じ町なのに、遠くに来たみたい。
…花火が、不器用に見える。』
『不器用?』
『言いたいことがあるのに
タイミングよく言葉に出来ない、みたいな。
"遅いよ!"って突っ込みたくなる感じ。』
それ、俺のことか?
…と言いたくなるような言葉。
『…でも、
そのもどかしさがなんだかいいな、
って思えちゃうのはなんでだろうね。』
…なんで、だろうな。
『当たり前じゃないものの方が
よく見えることがあるのかな?』
…それも、俺のことか?
『どっちにしても、』
彼女は、
音が間に合わなくて光だけ開いた
橙色の大きな空の花を見ながら、言った。
『こんな気持ちで花火見たの、初めて。
きっと一生、忘れない。』
すごく、穏やかな顔。
もう、俺の目に、花火は写らなかった。
…彼女の横顔しか、見えない。