第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
『いろいろありがとう、ございました。』
『ちょ、待て!』
車を降りる彼女に、思わず、声をかけた。
『?』
『今日のこと、嶋田達には…』
『ん。』
頷いた彼女。
そのまま笑って、ドアを閉める。
少し、歩いて。
一回だけ振り返って手を振り、
あとは真っ直ぐ、歩いてく。
規則正しく左右に揺れる
ポニーテールを見送り、
完全に姿が見えなくなった時、
…ふぅ…
大きく息をついて
どっと肩の力が抜けた自分に
苦笑いしてしまう。
…何で俺が緊張してんだよ…
『さてと、帰るか!』
気を取り直して、車を家へと走らせる。
よくある1日。
朝からパチスロ行って、
先輩の店で晩飯を食った。
ただそこに、一人、
同行者がいただけ。
ただそいつとちょっと、
なりゆきでキスしただけ。
女とつきあうのも
なりゆきでキスするのも
この歳なら、別に、珍しい事じゃない。
ただ、ちょっと相手が
俺には珍しいタイプで、
俺よりかなり若かった。
それだけ。
なのに、
なんでこんなに気になるんだ?
"一緒にいて、楽しかった。"
"自由で楽しそうなところがいい。"
今まで、わざわざそんなこと、
口にして褒めてもらったこと、あるか?
思い返す。
初めてパチスロ屋に入ったときの顔。
初めてかかった時の喜んだ顔。
車のなかで話した雑談。
先輩の店に着いた時の疑い深い顔。
中に入ったときの好奇心一杯の顔。
知らない客と賑やかに飲んでた顔。
…帰り道の、キス。
全部、ハッキリと覚えてる。
多分、俺も、楽しかったからだ。
慣れた、ありふれた行動が、
彼女が隣にいるだけで、
一つ一つ、新鮮な景色に見えた。
家に帰りついて、
車の後ろの小さな白が目につく。
彼女が買ってくれた、
ビールとつまみの袋。
…女が飲んで俺が飲まない、
というのもなかなか経験なくて(笑)
こんな気遣いされたこと、
今まで、ないような気がする。
ベランダに座り、
少しぬるくなったビールをあけた。
つまみに入ってたのは、
きゅうりの漬け物とタン塩レモン。
なかなか乙な取り合わせ。
…ぷはぁ…
庭先から夜空を見上げながら、
思った。
俺の"当たり前"だったら
もっと、彼女に教えてやれる。
驚かせたり喜ばせたりしたら
きっと俺自身も楽しいんだろう。
…そう思う気持ちは、
そう思うこの気持ちは、